「御霊の剣は神のみ言葉」
聖書:エペソ6:10~24
牧師:佐藤勝徳

 

パウロは、旧約聖書を通して悪魔の存在を明確に知っていました。また、体験的にも悪魔の存在を知っていました。自分が負っていた肉体の病をサタンが与えた棘と呼んでいます。私たちは、聖書を通して悪魔の存在を知らされていますが、日々の生活で今自分に悪魔が働いていると体験的に認識する事はほとんどないように思います。しかし、悪魔の策略を学ぶ時に、自分が今悪魔の策略に陥っているのかどうかをチェックする事が出来ます。その悪魔の策略がなんであるかを最初に再確認しておきましょう。

1、悪魔の策略

悪魔の野望は、神に代わって自分が世界の王の王になる事です。その野望を妨げるのが、地上に再臨されるキリストです。再臨のキリストは、神がイスラエルの民と結ばれた4つの無条件契約の成就として「メシヤ的1000年王国」を実現されます。その1000年の間、悪魔は天使によって鎖に縛られて地球の真ん中にあるハデスの中のアビソスに閉じ込められ幽閉状態されてしまいます。その事を知らされている、悪魔は、キリストの地上再臨を何としても妨げようと現在必死に世界に働いています。その一つは「反ユダヤ主義」を世界中に拡大し、ユダヤ人を撲滅させようとしている事です。それは、キリストの地上再臨の鍵を握っているのが「ユダヤ人」であるからです。現在多くのユダヤ人がキリストを救い主だと信じていません。しかし聖書は、やがて、イスラエル民族全員がキリストを信じて救われる時が来ると預言しています。ゼカリヤ書12章では、神さまの哀願と恵みの霊がイスラエル民族の全ての人に注がれ、イスラエル民族全てが、心を一つにしてキリストを先祖が十字架にかけた罪は、自分たちの罪だと自覚し、徹底して悔い改める事が預言されています。その前に、悪魔が遣わした反キリストの世界連合軍が、その時代のユダヤ人を3分の2を虐殺します。生き残った、3分の1のユダヤ人全員が悔い改め、反キリストの刃から救って下さるように復活のキリストに向かって「主の名によって来られる方に祝福がありますよう」「アーメン主イエスよ来たりませ!」と叫びます。その叫びに応じてキリストは地上に再臨され、反キリストの軍隊を悉く滅ぼされ、荒野のエドムのボツラに避難したユダヤ人全員を助けます。そして、7年の大艱難時代に荒れに荒れた世界を75日間で修復されます。その時に、キリストはエルサレム世界で一番高い山にされ、そこに第4神殿が建てます。そのエルサレム第4神殿の至聖所をキリストはご自分の住まいとして、1000年間、イスラエルと世界の諸国の王として、愛と正義によって治められるのです。

こうした、イスラエルに関する聖書の情報を充分に学んでいないと反ユダヤ主義を世界に拡大しようとする悪魔の策略に立ち向かう事が出来ません。悪魔の策略は、自分が世界の王となる為に、世界中に「反ユダヤ主義」を拡大させ、イスラエルの祝福の為、イスラエルの救いの為に教会が祈ったり支援したりしないようにさせて、キリストの再臨を阻止しようとしている事です。自分が、サタンの策略に陥っているかどうかの最初のチェックは、自分や教会がイスラエルを覚えてイスラエルの祝福の為、救いの為、支援の為に祈っているかどうかで判断が出来ます。次に、イスラエルの人々の救いの為に、自分の霊性を高める努力をしているかどうかです。イスラエルの人たちが、キリストを信じて救いに導かれる原則は、異邦人である私たちの霊性に妬みを感じて、キリストに関心を持ち、キリストを信じる信仰に導かれる事です。キリスト者の毎週日曜日の礼拝に喜んで集っている姿、毎日喜んで聖書を読んでいる姿、毎日喜んで祈っている姿、毎日喜んで愛の実践の励んでいる姿、毎日正義に燃えて正しい生活を送っているキリスト者の姿を見る時に、ユダヤ人は妬みを感じて救いに導かれる可能性が高くなるのです。

サタンの策略は、自分の野望達成の為に、キリストの再臨阻止を目的に、反ユダヤ主義を世界に広める事です。その為、イスラエルに関する間違った偏向報道を利用しています。また、ユダヤ人が祝福され、救われない為に、キリスト者の霊性の成長を阻止する事です。キリスト者の霊性が向上する事は、キリスト者の人格が増々キリストのように似せられて行くという、聖化の恵みに与る事です。サタンは、それを阻止しようとして、キリスト者をこの世の価値観や基準に合わさせ、妥協するようにいつも誘惑の罠を仕掛けています。そうした、悪魔の策略に基づく罠から私たちが守れら打ち勝っていくために必要なのが神の武具です。人間の武具でなく、偉大なる全知全能の神が与えて下さる武具です。その神の武具以外に、悪魔の策略による罠から私たちを守り、悪魔に打ち勝っていく方法は無いのです。ですから、パウロは、エペソ6章10節から24節にわたって、神の武具が何であるかを教えているのです。これまで、私たちは神の武具としての「真理の帯」「正義の胸当て」「福音の備え」「信仰の大盾」「救いの兜」について学んできました。それらは、いずれも身を守る「防具」、心を守る「防具」です。箴言4章23節に「油断することなくあなたの心を守れ」とありますが、私たちは、神の武具によって自分の心を守る事が出来る事を先ず感謝したいと思います。

2、御霊の剣である神のみ言葉

パウロは神の武具「真理の帯」「正義の胸当て」「福音の備え」「信仰の大盾」「救いの兜」という防具について教えましたが、それに続いて、攻撃用の「御霊の剣」について教えています。御霊の剣は「神のみ言葉」です。「御霊の剣である神の言葉を受け取りなさい」とパウロは教えています。私たちは、悪魔を攻撃して悪魔を打ちのめす攻撃用の武具として、日々、御霊の剣である神の御言葉が与えられることを感謝したいと思います。悪魔とその手下である悪霊共は、御霊の剣である神の言葉をキリスト者が受け取る事を恐れています。では、御霊の剣としての役割を果たす「神のみ言葉」は、どのようにして私たちに与えられるのでしょうか。

 

①レーマ

神の言葉と訳されている「言葉」はギリシャ語原語では「レーマ」です。「言葉」と訳されているギリシャ語は主に二つです。一つは「ロゴス」です。ロゴスは、幅広い意味の言葉として使用されています。しかし「レーマ」には重大な狭い意味で使用されています。それは、その時その時に必要な状況に応じて、キリスト者の心に内住されている生ける御霊の神が「66巻の聖書の文字のみ言葉から語り直さして下さるみ言葉」という意味があるのです。例えば、キリストが荒野で40日間の断食された時に、悪魔から、石をパンにするように誘惑を受けました。その時に、キリストに「レーマ」が与えられました。それは申命記8章3節のみ言葉でした。「申 8:3人はパンだけで生きるのではなく、人は【主】の御口から出るすべてのことばで生きる」

その申命記の御言葉が、悪魔に打ち勝つための御霊の剣である「レーマ」としてキリストに与えられ、キリストをそれを受け取って悪魔に向かって語ったわけです。「神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」の「言葉」もギリシャ語では「レーマ」が使用されています。「レーマ」は、聖書66巻の文字のみ言葉の中から、キリスト者に内住されている御霊によって語り直される「ことば」の事です。聖霊は、聖書の重要な御言葉を魂に刻印させ、魂に刻印させたみ言葉を「レーマ」として日々語り、キリスト者の生活を導かれています。例えば、わたしの場合ですが、自分の心に何か不愉快な出来事があったとき、御霊は私の魂に刻印して下さっている「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事に感謝しなさい」という、み言葉を思いこさせ「レーマ」として語って下さいます。その時、そのみ言葉を改めて受け取り、キリストの十字架の死と復活による「きよめの福音」に基づいて、不愉快な感情を殺し否定して十字架に委ね、不愉快な出来事を喜び感謝するようにしています。実はそれが、御霊の剣である神のみ言葉を受け取って悪魔を攻撃している事になっているのです。悪魔の策略の罠に陥っているかどうかのチェックは、日々「レーマ」を受け取って生きているかどうかです。

 

②反ユダヤ主義になびかない為に

今、ガザ地区におけるイスラエルとハマスの間に厳しい戦闘が続き、ガザ地区の一般の市民の方々が沢山犠牲になっています。その為に、イスラエルに対する厳しい批判が様々な報道を通して世界中に広がっています。その結果、悪魔が一番喜ぶ「反ユダヤ主義」が世界に拡大しています。私も、イスラエルの攻撃によって沢山の民間人が犠牲になっている事に関して、イスラエルを強く批判をしています。しかし、それ以上に批判をしなければならないのが、ハマスのアラブ人が抱いている「反ユダヤ主義」です。彼らは世界の祝福の為、サタンの野望を打つ砕く為に選ばれたユダヤ人の撲滅を自分たちの最大の使命としているのです。それに関して、BFPのオリーブ1月号でイスラエルの関する情報をいつも流しているジャーナリストの石堂あゆみ氏が次のように報告しています。

「今現在、ガザのハマスのリーダーを務めるのは、ヤハリ・シンワルである(61歳)。・・シンワルはガザで成長し、20歳で初めてテロ活動でイスラエルに逮捕された。その後、ガザでハマスが創設されると、裏切り者を摘発す秘密警察のような働きを開始し、同胞のパレスチナ人12人を殺した。・・イスラエルを憎むことにおいては正に筋金入りである。1988年22歳で、イスラエル兵2人を殺害、イスラエルに協力したパレスチナ人をも殺害した為に逮捕され、終身刑4回の判決を受ける。それから22年間、イスラエル刑務所で過ごすが、その間ヘブル語を習得し。イスラエルに関するテレビ番組やニュースを見続けてイスラエルを知り尽くしていきました。その間、シンワルに4回インタビューしたイスラエルのジャーナリストのエフード・ヤアリ氏によると、シンワルは刑務所内部で、ハマスだけでなく他の組織も全て支配していたという。ヤアリ氏は、シンワルがイスラエルを滅亡させる事を堅く決意していた事は明らかだと語っている。シンワルにとって、イスラエル滅亡は正に宗教的確信であったのである。2011年、イスラエルはイスラエル兵のギラット・シャリートさんを取り戻すために、パレスチナの囚人1026人を釈放した。その中にシンワルがいたのです。ガザに戻ったシンワルは良く公の場で、小さな子どもを抱きかかえて登場するようになった。人間の盾である。イスラエルは子どもを殺してまで、自分を殺しはしないと考えたのであろう。シンワルは、ただのテロリストではない。彼自身の強い(イスラエム教を信じる)信仰に基づき、人生の全てをイスラエルの滅亡の為に捧げ、存在している指導者である。」

私たちは、反ユダヤ主義者の巧妙な偏向報道とサタンのフェイクから守られ、反ユダヤ主義になびかない為にイスラエルに関する「レーマ」を御霊によって与えられる為に、イスラエルに関する聖書のみ言葉を一つでも多く学び御霊によって記憶の中に刻んでおく必要があります。それは現代の終末時代に生きるキリス者の使命です。御霊は、聖書66巻の中で教えられているイスラエルに関するみ言葉を、レーマとして授けて下さって、私たちを「反ユダヤ主義」になびかせようとする悪魔に対抗させて下さるのです。悪魔の罠に陥っているかどうかのチェックは日々「イスラエルの祝福の為に」祈っているかどうかです。

 

3、レーマによって生きて行くために

日々、レーマが御霊によって与えられて生きて行くためには、聖書66巻のみ言葉を一つでも多く、魂に、心に刻印し、記憶の中に蓄えておくことが必要になります。重要な聖書のみことばを御霊によって記憶の中に刻印し蓄えていくためには、日々聖書を読み学ぶ習慣を身に着けることがどうしても必要になります。同時に、聖書のみ言葉を勝手に解釈しないように、比喩は比喩として、比喩で無い言葉は比喩で無い言葉として「字義通り、文字通りに解釈をする術」を身につけておく必要があります。また、その為に、毎週の礼拝に集って、字義通り、文字通りの正しい解釈に基づく神のメッセージに耳を傾ける事、又、定例会の聖書研究会に積極的に参加し、聖書を学ぶことにも心を燃やす事も重要になります。詩篇は、ロゴスである聖書のみ言葉を記憶する事が、罪を犯さない秘訣だと教えています。「詩 119:11 あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました」。私は、これまでも信仰生活を振り返ってみて、神さまが私が記憶している聖書のみ言葉をレーマとしてお語り下さった事を度々体験してきました。その一つは、冬の雪が降る日の事でした。私は軽のバンをのっていましたが、雪の為に坂道を上れなくなりました。私は、チェーンをしようとしたのですが、その為の軍手の手袋がなく困りました。買ったばかりの普通の手袋はあったのですが、チェーンをはめる為に、それを使うのを惜しみました。その時、わたしが記憶している聖書のみ言葉が思い浮かんできました。「体は着物に優る」という、キリストの山上の説教のみ言葉です。その時、私はそれが神のわたしに対する導きだと理解し、チェーんをはめる為に、手を保護する為に、新しい手袋を使ってチェーンをました。その結果、スムーズにチェーンをはめ、凍りついた坂道を上る事が出来たのです。

又、私たちの5人の子どもがまだ小さかった時、妻がお米がなくなったと私に言ってきました。その時に、お米を買うお金がなかったので、妻と二人で神さまに「お米を与えて下さい」と祈りました。祈っている最中に、妻が「お父さんもう祈らなくてよい」というのです。その理由を聞くと、聖書の言葉が示されたというのです。「かめの粉を尽きず、びんの油は絶えない」というⅠ列王記17章14節のみ言葉です。私は、不思議に思いながら祈るのをやめました。すると、あくる日、教会の信徒の方から電話があり、「お米をいただいたので、取に来てくっださい」というのです。お米をもらいに行ったところ、お米がなんと30キロ入りの袋をいただいたのです。妻の記憶の中にあった列王記のみ言葉を神さまはレーマとして妻に与えて下さったわけです。その時、私ちはそれがレーマだとは知っていなかったのですが、そのようにして体験的に既に知らされていたのです。

キリスト者に内住されいてる御霊は、私たちの記憶の中に蓄えている聖書の言葉、聖書のロゴスを思いの中に思い出せるという方法で、いつも御霊の剣としてのレーマを与えて下っているのです。

内住して下さっている御霊が、聖書のみ言葉を一つでも多く、私たちの記憶の中に刻印して下さる為に、聖書66巻を誤り無き神の言葉だと信じて、「字義通り、文字通りに聖書を解釈する術」を身に着けて、熱心に日々聖書を読み学び、毎週の礼拝メッセージに喜んで耳を傾け、毎週の聖書研究会に喜んで集う習慣をしっかりと身に着ける事が必要となります。レーマの約束についての聖書の御言葉をいくつか紹介いたします。

「ヨハネ14:26。しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
「ルカ12:12。言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです。」

 

4、レーマのその他の役割

レーマは、悪魔に勝利をする為の「御霊の剣」として役割がありますが、それ以外に、私たちの心を聖める働きもあります。ヤコブ書では、それが私たちを聖めるもろ刃の剣だと教えられています。「ヘブル 4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」。ここでの言葉は「レーマ」でなく「ロゴス」が使用されていますが、レーマの意味でロゴスが使用されています。年末に、わたしは皆様に「私たちは創造主に所有されている創造主のものだ」という事を強く語ってきました。それは、若い時に体験したイザヤ43章1節の「創造主のものだ」という御言葉が、わたしに再び強く臨み、わたしを悔い改めに導いたことにあります。私は、レーマによって、これまでの生き方に対してもっと「主のものだ」という、強い意識を持つように導かれたのです。レーマは、私たちの考えが主の御心に叶っているかどうかを鋭く判別できるようにして下さるようにして、私たちを聖め、私たちの考えを主の御心に叶ったものとして聖めて下さる役割があるのです。パウロは、花嫁なる教会が、しみの傷もない聖められた栄光の教会にするのが「レーマ」だと教えています。「エペ 5:26 キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、5:27 ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです」

花嫁なる教会を聖めるというのは、教会を構成している一人ひとりのキリスト者が聖められる事を意味しています。私達キリスト者を聖めるのが神のみ言葉であるレーマです。エペソ5章26節の教会を聖める神の言葉は、ギリシャ語のレーマが使用されています。私たちキリスト者をレーマが聖めるというのはどういう事でしょうか。それはキリスト者に残存している古い人の性質の力が弱まり、植え込まれた神の性質の力が発揮され、キリスト者の人格がキリスの姿に似せられていく事を意味しています。

また、間違った考え方が一つでも多くなくなり、神の御心に叶った正しい考え方が多く増えていく事を意味しています。キリストはユダヤ人ですので、私たちが聖めらるという事は、ユダヤ人のように聖書に沿った世界観や人生観が整えられていく事でもあるのです。

私たちは、御霊の剣である、イスラエルに関するレーマをいつも受け取る必要があるのです。現代の多くの教会は、反ユダヤ主義から構築された「置換神学」の影響を受け、イスラエルに関する神の多くの御言葉を失っています。又、イスラエルに関する多くの御言葉に目が閉ざされていいます。サタンに勝利をするレーマはその事からも私たちを解放し、サタンを退散させるのです。