「パウロのイスラエルへの愛④」
聖書:ローマ9章1節~5節
牧師:佐藤勝徳
1、イスラエルの栄光とは パウロがイスラエルを愛する第3番目の理由は「栄光が彼らのもの」だからと教えています。ではイスラエルにとって栄光とは何でしょうか。それは、全ての被造物から永遠に喜び褒め称えられるべき創造主の聖なる名が崇められる為に、神にお仕えする使命が与えられた事です。ロマ3:23で「全ての人は、罪を犯したので、神からの栄光を受けることができず、・・」と教えているように、人類は罪の為に神からの栄光という、神の栄光の為にお仕えする資格を失いました。しかし、イスラエルは天地万物が創造する前からその栄光を受ける為に選民として選ばれていました。イスラエルにとって神の栄光に預かるとは、神の栄光の為にお仕えする事を意味しています。
2、人間の構造 人間は、肉体と魂と霊とで出来ています。霊は霊なる創造主に直接触れる機能があり、霊なる神が触れて下さった人の霊はその人の魂に影響を与え、神の栄光である愛と正義と聖さと謙遜をもって生きる力を与えるのです。アダムとエバは、エデンの園の中央の命の木から取って食べていればそのような生き方ができる存在となる事が出来ました。エデンの園の中央に植えられていた「いのちの木」は他の植物の木とは異なって、神の愛と正義と聖さと謙遜に満ちた人格的な永遠の命に与らせる「いのちの木」であったのです。 3、アダムとエバの堕落の結果
しかし、二人はその前に禁断の「善悪の知識の木」から実をとって食べたのです。その結果、二人は神の栄光を表して生きて行く事が出来なくなりました。アダムの堕落の結果、人類に重大な悪をもたらしました。 ①単数形の罪アマルティアの支配されるようになった
第1に、人類に単数形の罪アマルティアが住みついたことです。パウロが次のように教えています。◆「ロマ5:12そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪(単数形のアマルティア)が世界に入り、・・」。その為に人類は貪欲の罪を常に犯す古い人(邪悪な肉)となりました。単数形の罪アマルティアに支配にされて、人類は多くの恐ろしい罪を犯しているパウロは教えています。◆「ロマ3:9私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪(単数形のアマルティア)の下にあると責めたのです。 3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。 3:11 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。 3:12 すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行う人はいない。ひとりもいない。」 3:13 「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」 3:14 「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」 3:15 「彼らの足は血を流すのに速く、 3:16 彼らの道には破壊と悲惨がある。 3:17 また、彼らは平和の道を知らない。」 3:18 「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」
②神さまから独立して生きる頑固な魂となった
アダムが堕落した結果、人類にもたらされた2番目の悪影響は、知情意の魂は、神から独立して自分の知恵や判断で生きて行く力が増大した事です。その魂を、聖書は「頑な心」「石の心」「うなじが強い」「肉」と表現しています。今日、殆どの人が、自分のなすべき事について、神さまの前に跪いて、神さまの導きや知恵や助けを求めず、自分の知恵、自分の体験、自分の力によってなしています。聖書は、それが神から独立した「頑固な魂と呼んでいます。
4、頑固なイスラエル イスラエルは、神の栄光の為に選ばれた民族の故に、戒めの数が613もあるモーセ律法が授けられ、神さまに祈りつつ神さまのお導きに従って生きるように召されました。しかし、多くのイスラエルの人々は罪アマルティアに支配され、同時に魂が頑固であったので、幾度も神さまを裏切り、不信仰、偶像崇拝、不従順、不道徳の罪を繰り返し犯すようになりました。そのようなイスラエルの事を聖書は「心が頑な民」「うなじの強い民」「石の心を持つ民」だと教えています。 5、イスラエルの聖徒
しかし、そのような彼らの中より信仰によって罪赦されて義とされ、頑固な魂が砕かれ、聖化され、偉大なる創造主との生きた交わりを回復し、神の栄光を顕す為の聖徒が起こされてきました。
①アブラハム 神は先ず、アブラハムに栄光を顕わされました。彼は、カルディアのウルから導かれ、神に聞き従ってカナンの地にやって来たゆえに「アブラハム契約」に与りました。それは子孫の増大と、彼と増大した子孫であるイスラエルが世界に神の祝福をもたらす使命を受けた事を教えています。その契約に従って、アブラハムは子どもを生む力を既に失っていた100歳の時、妻サラは90歳の時に、無から有を呼び出す全能の神の奇跡によって約束の子「イサク」が授けられるという、神の栄光に預かりました。 ②ヤコブ 次に神さまはアブラハムの孫、ヤコブに栄光を顕されました。ある時、神さま人のような御使いの姿となって、ヤボク川の渡し場でヤコブと格闘されたましたが負けてしまわれました。ヤコブにご自分を離すように命じましたが、ヤコブは「祝福して下さるまで離しません」と、必死にしがみつきました。その為、神はヤコブの腰の腿の番を外して、ヤコブを離しました。その為にヤコブは足が不自由になり、ましたが、それにより彼の頑固な魂(肉)は砕かれ、自分の知恵や力により頼む心を弱くされ「聖化」されて行きました。その彼を神さまは「イスラエル」と名付け祝福し、栄光を顕されました。神はその時から、ご自身のことを特別に「イスラエルの神」と呼ばれて栄光を顕されました。聖書の中で「イスラエルの神」という神の呼び名が約200回使用されているのです。 ③その他の多くの聖徒達
次に神さまはアブラハムの曾孫のヨセフに栄光を顕されました。ヨセフは、神の知恵によって大飢饉が襲ったエジプトと世界の人々に食料を提供し、神の愛の栄光を顕しました。また、約束の地を与えるというアブラハム契約に基づき、神さまはモーセを通してエジプトに偉大な奇跡の10の災いを下し、また、紅海を二つに分けて、約400年間エジプトで奴隷として苦しんでいたイスラエルを解放するという、愛の栄光を顕されました。「十戒」という映画がありますが、それはモーセを通して神さまがイスラエルの救いの為に顕された神の栄光が描かれています。その他、ヨシュア、サムエル、ダビデ、又、多くの預言者によって神は栄光を顕されました。頑固な魂が砕かれて、神に聞き従うイスラエルの聖徒達の存在により、イスラエルは神に栄光を顕して頂く民となりました。それ故にパウロは「栄光はイスラエルのもの」だと教えたのです。 6、神の栄光であるキリストを否定してるイスラエル
旧約時代に神はイスラエルに多くの栄光を顕されてこられましたが、パウロは、神の最大の栄光であるキリストを否定しているイスラエルの人々が、永遠の滅びの道を辿っている事を思うと、彼らの救いと祝福の為に断腸の思いで祈らざるを得なくなりました。 神の栄光であるキリストをイスラエルの人々が信仰をもって受け入れるように異邦人キリスト者である私たちも切に祈りましょう!
7、キリスト者の頑固な魂を砕く神さま
神さまは、旧約時代のイスラエルの聖徒の頑固な魂を砕きながら「聖化」の道を歩ませ、神さまの栄光を顕されましたが。今日、神さまはキリスト者が「聖化の道」を歩み、ご自身の栄光であるキリストのような生き方をする聖徒となる為に、試練によって頑固な魂を砕き御霊に従う民にしようとされています。試練によって頑固な魂が砕かれて、御霊の導きに従う聖徒となる為には、主にあってどんな試練も心から感謝する者とされているという霊的事実に安んじながら感謝を捧げる事です。それによって神さまはそのキリスト者の頑固な魂を砕き、御霊に従う聖徒とされます。キリストはその聖徒から聖霊が水となって流れ出るようにされ、家庭や職場や教会に神の栄光である神の祝福をもたらす聖霊の器にされるのです!! ◆「ヨハネ7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 あなたも、キリストを信じて頑固な魂が砕かれて、神に栄光を顕して頂く人となられるようにお祈りしています。