「キリストの内に留まる為に②」
聖書: ヨハネの手紙 第一 2章20節~29節
牧師:佐藤勝徳
「Ⅰヨハ2:20 あなたがたには聖なる方からのそそぎの油があるので、だれでも知識を持っています。 2:21 このように書いて来たのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、真理を知っているからであり、また、偽りはすべて真理から出てはいないからです。 2:22 偽り者とは、イエスがキリストであることを否定する者でなくてだれでしょう。御父と御子を否認する者、それが反キリストです。 2:23 だれでも御子を否認する者は、御父を持たず、御子を告白する者は、御父をも持っているのです。 2:24 あなたがたは、初めから聞いたことを、自分たちのうちにとどまらせなさい。もし初めから聞いたことがとどまっているなら、あなたがたも御子および御父のうちにとどまるのです。
2:25 それがキリストご自身の私たちにお与えになった約束であって、永遠のいのちです。 2:26 私は、あなたがたを惑わそうとする人たちについて以上のことを書いて来ました。 2:27 あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、──その教えは真理であって偽りではありません──また、その油があなたがたに教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。 2:28 そこで、子どもたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、キリストが現れるとき、私たちが信頼を持ち、その来臨のときに、御前で恥じ入るということのないためです。 2:29 もしあなたがたが、神は正しい方であると知っているなら、義を行う者がみな神から生まれたこともわかるはずです。」
【はじめに】
≪運搬屋キネシン≫
私達の体は約38兆もある細胞で出来ていますが、今朝は、その細胞が生み出している物質にキネシンと言うたんぱく質で出来ている物質について、少し学びたいと思います。私は、昨年10月27日に当教会で開催された「聖書的創造セミナー」で、オーストラリアの植物学者、ドン・バテン博士によって「キネシン」について初めて知りました。そのキネシンの働きをカラーの動画で映して下さってビックリしました。なんと不思議な物質だろうと、じっと見ていました。サンタクロースのような大きな袋を背負い、二足歩行で決められたレールの上を走っていく映像でした。1秒間に約1メートル走るそうです。その、袋の中には、体中に張り巡らされている神経に必要な物質が入っており、それを瞬時に必要な場所に届けているというのです。そのキネシンについてネットで次のように教えられていました。
ドン・バテン博士も「キネシン」を忙しく働く運搬労働者だと言っておられました。最近はキネシンの研究が進み色々と不思議な働きが詳細に分かるようになってきたと言われています。キネシンはギリシャ語で「動く」を意味する𝑘𝑖𝑛𝑒𝑖𝑛からつけられたそうです。種類は約45あると言われています。
≪キネシンの自動運転システム≫
2025年問題として騒がれました、トラックなど運転手の不足で物流に色々と問題が生じてきていますので、自動で運転する自動車やトラックの開発が急がれています。自動運転できる自動車はこれまで以上に人間の知恵が必要とされていいます。キネシンは、そうした人間の知恵を遥かに超えた知恵によって生み出された全く自動運転システムとなっており、何処に、何を運ぶかという運搬の仕事、つまり宅配の仕事を見事にやってのけているのです。進化論を唱えたダーウインが、今生きていれば、小さな小さな世界で、キネシンのような運搬屋と言う見事な物質を細胞が生み出している事を知ったなら、きっと進化論を捨て聖書の創造主を信じるだろうと言われいます。それ程、運搬屋キネシンは、緻密で成功に何処へ何を運ぶかを知って正確に届けているのです。キネシンは見事な運搬作業を行っているのです。そのようなキネシンは、目的意識も無い知恵も無い、混乱と混沌しかもたらさない偶然では絶対に生み出せない超緻密な精巧な物質となっています。キネシンは、人間の健康を願うという明らかな目的をもって、全知全能の創造主が細胞を使って愛と知恵と力とによって見事に生み出している物質だとしか言いようがありません。皆さんはどのように思われますか。
≪創造主が動植物を造られた≫
創造主は、小さな小さなミクロの世界の細胞によって生命体の動植物を造り、生かすという目的をもって、、愛情と豊かに知恵と力を働かせて動植物を創造された創造主です。聖書は、人間を含め、全ての海の生き物、空を飛ぶ鳥、地上の動植物を創造主が造られたお方だと教えています。聖書は、恐竜も神が創造された事が教えられています。聖書は、ベヘモットとかレビヤタンと言う名前の恐竜の存在を教えています。聖書によれば、恐竜は何億年前と言う遥か彼方ではなく、6千年前には存在していた事になります。絶滅した恐竜は6千年前には人間と共存していたというのが聖書の教えです。聖書の以下の言葉がその事を教えています。
◆「創 1:21 神は、海の巨獣と、種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神はそれを見て良しとされた。」
◆「創 2:19 主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり・・」
◆「ヨブ40:15 見よ、ベヘモットを。お前を造ったわたしはこの獣をも造った。これは牛のように草を食べる。 40:16 見よ、腰の力と腹筋の勢いを。 40:17 尾は杉の枝のようにたわみ/腿の筋は固く絡み合っている。 40:18 骨は青銅の管/骨組みは鋼鉄の棒を組み合わせたようだ。 40:19 これこそ神の傑作/造り主をおいて剣をそれに突きつける者はない。・・40:25 お前はレビヤタンを鉤にかけて引き上げ/その舌を縄で捕えて/屈服させることができるか。 40:26 お前はその鼻に綱をつけ/顎を貫いてくつわをかけることができるか。
見事な細胞をもって動植物を創造し、生かしておられる全知全能の三位一体の創造主の神が、イエス・キリストを信じている全てのキリスト者の霊の中に、心の中に永遠に内住されていると、ヨハネは、Ⅰヨハネ2:20~29節において教えています。旧約聖書の預言に従って、ユダヤのベツレヘムでマリヤによって聖霊によって生まれ、ナザレの村でお育ちなり、多くの奇跡をもって病人を癒し、悪霊に憑かれた人から悪霊を追い出し、父なる神への全き従順の生涯、罪なき生涯を歩み、最後は十字架で全人類の罪を背負って身代わりの刑罰を父なる神から受けて、罪なき血を流し、葬られ、三日目に甦られたイエス・キリストは、御子なる神が人となられたメシヤ、救い主だと信じる人の霊の中に心の中に父なる神、御子なる神、御霊なる神の三位一体の神さまが永遠に内住されているのです。もう一度確認しておきましょう。
先ず第1に御霊の内住を確認しましょう。
1、御霊の内住
①Ⅰヨハネの教え
◆「Ⅰヨハ2:20 あなたがたには聖なる方からのそそぎの油がある・・」
◆「Ⅰヨハ2:27 あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。」
◆Ⅰヨハ 3:24 神の命令を守る者は神のうちにとどまり、神もまた、その人のうちにとどまります。神が私たちのうちにとどまっておられることは、神が私たちに与えてくださった御霊によって分かります。」
◆「Ⅰヨハ 4:13 神が私たちに御霊を与えてくださったことによって、私たちが神のうちにとどまり、神も私たちのうちにとどまっておられることが分かります。」
②キリストの約束
◆「ヨハ 7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。」
◆「ヨハ 15:26 わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち、父から出る真理の御霊が来るとき、その方がわたしについて証ししてくださいます。
◆「使 1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」
③パウロの教え
◆「ロマ 8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。」
◆「Ⅰコリ 3:16 あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。」
◆「Ⅰコリ 6:19 あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。」
◆「エペ 1:13 このキリストにあって、あなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞いてそれを信じたことにより、約束の聖霊によって証印を押されました。」
◆「エペ 1:14 聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。このことは、私たちが贖われて神のものとされ、神の栄光がほめたたえられるためです。」
◆「Ⅱテモ 1:7 神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」
2、御子なるキリストの内住
次に、御子なるキリストがキリスト者の霊に、内住されている事を教えている聖書個所を確認しておきましょう。
①Ⅰヨハネの教え
◆「Ⅰヨハ2:24 あなたがたは、初めから聞いたことを、自分たちのうちにとどまらせなさい。もし初めから聞いたことがとどまっているなら、あなたがたも御子および御父のうちにとどまるのです。」
◆「Ⅰヨハ 4:13 神が私たちに御霊を与えてくださったことによって、私たちが神のうちにとどまり、神も私たちのうちにとどまっておられることが分かります。」
②キリストの約束
◆「マタ28:20見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
◆「ヨハ14:20 その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたにおることが、あなたがたにわかります。」
◆「ヨハ15:4 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。」
③パウロの教え
◆「ガラ 2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」
パウロは、古き自分がキリスト共に死に、キリスト共に甦った新しき自分の中にキリストが内住されて、生きて下さると信じていたのです。
◆「コロ 1:26 これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現された奥義なのです。 1:27 神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」
「キリストが信じる者に永遠に内住して下さる」という真理は、旧約時代には誰も知らされていなかった真理で、キリストの死後、新約時代になって初めて知らされた真理でした。それをパウロは奥義と言いました。
◆「ロマ8:10 もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。」
パウロは内住のキリストが、罪の原理であるアマルティヤの故に、貪るなと言う律法を守る事が出来ないキリスト者の「死のからだ」を、信仰によって義とされたキリスト者の生き返った霊に聖霊を働かせて律法を守れるからだにして下さるという真理を教えています。
3、父なる神の内住
①Ⅰヨハネの教え
◆「Ⅰヨハ2:24 あなたがたは、初めから聞いたことを、自分たちのうちにとどまらせなさい。もし初めから聞いたことがとどまっているなら、あなたがたも御子および御父のうちにとどまるのです。」
◆「Ⅰヨハ 4:13 神が私たちに御霊を与えてくださったことによって、私たちが神のうちにとどまり、神も私たちのうちにとどまっておられることが分かります。」
②キリストの教え
◆「ヨハ14:20 その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたにおることが、あなたがたにわかります。」
③パウロの教え
「Ⅱコリ 6:16 神の宮と偶像に何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神がこう言われるとおりです。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」
以上のように新約聖書は、イエス・キリストを信じる者には、父なる神と御子なる神と御霊なる神の三つで一つの三位一体の神が永遠に内住されている事を教えています。
4、キリストはキリスト者を永遠に教え導くお方
内住のキリストは、キリスト者の日々の生活、聖書の学び等など、全てに関わって、必要な導きや教えや知恵を与えて下さいます。
①キリストの教え
◆「ヨハ10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。」
キリストはご自身を羊飼いに、キリスト者を羊に例えて、羊であるキリスト者は羊飼いであるキリストの声を聞き分けて従ってくると約束されました。
②パウロの教え
◆「コロ 2:3 このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています。」
パウロは、私たちが日々必要とする神の知恵と神の知識と言う宝が、キリストの内に隠されていると教えています。そのキリストの内に隠されている神の知恵と知識によって、キリストは日々の生活に必要な神の知恵と知識を私たちに与えて下さる事を教えています。又、聖書の真理も、キリストは神の知恵と知識によって諭して下さることをパウロは教える為に、「キリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています。」と教えました。
③ペテロの教え
◆「Ⅰペテ2:25 あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」
ペテロは、内住のキリストを「魂の牧者であり監督者」だと教えました。キリストは、私達の魂の牧者及び監督者として、日々の全ての生活に関わって、必要な導きや教えなどの指導、戒め、叱責、又、訓練を施して下さっているのです。
内住の父なる神も御子なるキリストも、ご自分の導きや教えや知恵や知識の全てを、油である御霊なる神によって与えて下さるので、ヨハネは「Ⅰヨハ2:27 あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、──その教えは真理であって偽りではありません」と教えました。
5、ロゴスとレーマ
①ロゴス
キリスト者の内に内住されている油である、御霊なる神が、日々キリスト者に深く、親しく、最も近くにいて必要な真理を教え、生活の全てを導かれているので、キリスト者は誰からも教えられる必要がないと、ヨハネは断言しています。では、実際に、聖霊はどのように神の知恵や知識を与え、神の御心を示して道美って下さるのでしょうか。
第1に、聖書の御言葉です。 日本語訳で「ことば」と訳されているギリシャ語は主に二つです。一つは「ロゴス」です。預言者たちが聖霊の霊感で神のことばをかきました。その書かれたことばが、聖書66巻に啓示されています。その啓示された66巻の御言葉は「ロゴス」と言うギリシャ語で啓示されています。例えば、「ヨハ 5:38 また、そのみことばを自分たちのうちにとどめてもいません。父が遣わされた者を信じないからです」の「みことば」はロゴスが使用されています。 キリストは、当時のパリサイ人や律法学者は父なる神が啓示された「旧約聖書」の父なる神のことばをとどめていませんと指摘されましたが、その時の「み言葉」はギリシャ語では「ロゴス」となっています。ロゴスと言うのは、一般的に使うことばや、文書となったことばなどに使われるギリシャ語です。
②レーマとその体験
その「ロゴス」とは区別されて使用されているのが「レーマ」と言うギリシャ語です。「レーマ」と言うのは、生ける父なる神が、今、実際に語って下さる生きたことばを意味して使用されています。キリストが荒野で「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きるのである」と悪魔に向かって宣言された時の「ことば」がレーマです。
また、パウロが教会を花嫁なる教会を清めて、しみもしわもない教会にするのは、み言葉と水の洗いだと教えました。そのみ言葉と訳されているのが「レーマ」なのです。水の洗いの「水」は当然「聖霊」を意味しています。聖霊はレーマと共に働く霊、或はレーマは聖霊と共に働く「ことば」だとパウロは理解をしていました。
レーマを定義すると、キリスト者の日々の生活において、油である聖霊が、聖書の言葉を使って買ったって下さる言葉、」つまり聖書の語り直しの言葉だと言えます。私が、初めてそのレーマを体験したのは、まだ30歳ごろの時でし。雪の降る寒い日に、軽のバンを運転していました。しかし、日本海沿いの坂道は凍っていて、上る事が出来ませんでした。その時、チェーンをタイヤに装着しようとしましたが、軍手が無く困りました。チェーンはさびていたので、買ったばかりの普通の手袋を使う事を惜しみました。さびで、せっかくの手袋が駄目になると思い惜しみました。その為に、素手ではめようとしたのです。その時でした、突然聖書のも言葉が浮かんできたのです。「体は着物に優る」という、キリストの言葉でした。その時、新しい手袋よりも、自分の手を大事にする事が主の御心だととっさに分かり、私は惜しんでいた手袋をはめて、チェーンを装着したのです。スムーズに装着が出来、車は凍った坂道を上っていく事が出来ました。「体は着物に優る」と言うキリストの御言葉、それが、30歳ごろの私が初めて体験した「レーマ」でした。
油である聖霊は、私たちが記憶した聖書の御言葉を、その時その時に、必要な時に、レーマとして語り直して下さいます。油が教える御言葉の語り直しであるレーマに聞き従う事が、油の教えに従っている事になります。最近、私に強く迫って来たレーマはキリストの「わたしは柔和で、心へりくだった者である」と言う、言葉です。非常に強く臨んできました。その心に刻まれたレーマは私の生き方を深く変えました。正に、キリスト者はパンだけで生きるのではなく「レーマ」によって生かされていくのです。
6、その他の油の教えの体験
油である御霊は、み言葉の語り直しだけでなく、不思議な語りかけとか強い思いを心の中に響かせます。昨日の夕方、私はお腹がすいたので、すき屋で牛丼を食べようとして車を乗りました。しかし、夕方であったので、道路が大変多くて混雑していたので、私の前に止まっていた方の車が中々タイミングよく、道路に出る事が出来ません。焦らずゆっくりと出ればよいと思い暫く待っていましたが、前の車が全く出ようとしません。その時、強くこれではだめだという強い思いがやってきましたので、前の車の横にスペースがありましたので、そのスペースを使って前進をしました。私は、道路を走っている車に手を挙げて、入らせて下さるようにお願いしましたら、2、3台の後の車がストップして譲って下さいました。横に止まっている車を見たら、高齢者の夫人の方が運転しておられたので、その方も、私と一緒に道路に出られるように、私は手を振りながら、ゆっくりと道路に入って行きました。私の後に、高齢者の夫人の方の車もゆっくりと無時道路に入る事が出来ました。その時のこれではだめだという強い思いが、御霊の促し(油の教え)であったのです。又、御霊は、具体的な言葉や数をも示して導かれます。それが、レーマであるのです。ロゴスは、文字や人の会話のことばとして使用されますが、聖書では、レーマは、生きた言葉として使用されているのです。現在の新会堂建築前に、まだ、土地を取得していない時に、私は土地を取得できるように徹夜で祈る決心をして、前の旧会堂で夜10時ごろに祈り始めました。その時、夜中の2時頃でしたが、御霊が、取得しようとする土地を49回回りなさいと促されました。その促しにしたがって、私は2時ごろから4時半ごろまで一人で、土地をぐるぐる回りました。喫茶店の方たちが不思議に思い、出てきて私を不思議そうに見つめていました。私は、彼らの所によって行って、ご安心ください。この土地が欲しいので「願かけをしているのです」と、伝えました。安心したのか、皆さん店に入って行かれました。4時半ごろまで一人でぐるぐる回りました。しかし、に何もありませんでした。次の日曜日、メッセージを終えて講壇から離れようとしたとき、突然、「今度は兄弟姉妹のみなさん有志と7回まわりなさい」と思いの中に聖霊が語りかけがきました。私は、これは主だと感じたので、私はみなさんにその事をお伝えしましたが、結果、7~8人の兄弟姉妹方が一緒に回って下さいました。その時、3回ぐらい回った時にレーマがきました。「汝の足の踏むところ、汝の所有とする」という、アブラハムやヨシュアに語られたみ言葉でした。レーマに聞き従った結果は、290坪近い土地を安価で取得する事が出来ました。以上の体験の他、私は御霊による多くの導きを日々の生活の中で感じ取りながら、生かされています。
【終わりに】
しかし、御霊の導きと感じた事が、果たして主の導きなのかどうか。或いは、自分が真理だと信じた事が聖書の教えに叶っている真理なのかどうか、それを厳しくチェックする事も、必要な時がありまます。お金が沢山必要な事業をする時や買い物をする時、人生において重要な就職や結婚など節目節目の事がらに関しては、赦される限り、神の御前に、導きを深く求める事が必要です。急いで決断しなくても良い時は、赦される限り、主の導きを待つ事、レーマを待つ事が必要です。聖書の語る真理について、迷う時知恵と知識の宝をお持ちのキリストの御前に深く静まり、答えを待つ必要があります。もし、主の導きと確信ができれば、何をも恐れずに大胆にその道を進みましょう。
「油」で象徴される御霊なる神は、私達の体の頭から足のつま先まで存在している霊と一つとなって内住され、私達の生活の全ての領域に関わり、全ての事で神の御心、神の知恵、神の知識を教えようと心を燃やされています。それは、キリストを信じる者には、油の教えを聞き取る霊的感覚である霊の耳が備わって、その教えを感じとる事が出来るからです。日々の生活の中で「これは主だ」と感じとれば、大胆に従いましょう。キリストの以下の約束の言葉を信じましょう。
「ヨハ10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。」
