「創造主は遊女ラハブに目を留められた」
聖書:ヘブル11章:30~34節
牧師:佐藤勝徳

「ヘブル11:30 信仰によって、人々が七日の間エリコの城の周囲を回ると、その城壁はくずれ落ちました。 11:31 信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので、不従順な人たちといっしょに滅びることを免れました。 11:32 これ以上、何を言いましょうか。もし、ギデオン、バラク、サムソン、エフタ、またダビデ、サムエル、預言者たちについても話すならば、時が足りないでしょう。 11:33 彼らは、信仰によって、国々を征服し、正しいことを行い、約束のものを得、獅子の口をふさぎ、 11:34 火の勢いを消し、剣の刃をのがれ、弱い者なのに強くされ、戦いの勇士となり、他国の陣営を陥れました。」

【はじめに】
 今日のメッセージをお伝えする前に、もう一度、この世界の起源について学校やNHKで教えている「進化論」と言う科学と、聖書が教えている「創造論」について、少し考え見たいと思います。私は、ある時、随分前ですが、NHKで、ある海の生物が進化によって出来たという事を、そのイメージを映像で映していました。海の中で、長い時間をかけていつしか偶然によって現在の生き物に進化したという映像でした。私は、その映像を見ていて「あの生き物は偶然によって進化したのかもしれない」とふと思ってしまったのです。それから、私は、何故あの映像を見て、海の生き物が進化と言う偶然の積み重ねで出来たと「ふと思った」のか、その思いが正しいのかどうかを、真剣に検討を始めました。もちろん、万物は聖書の教え通り全知全能の創造主の御業だと信じているんですが、それなのになぜ、偶然によるという進化論をふと認めるような思いが出て来たのか、その原因は何か突き詰める為の、思索の日々が続きました。そしてついに、その原因が分かる時がきました。それは、偶然と言う言葉の定義を正しく認識していなかった事に原因があると気が付きました。

偶然と言う言葉の定義は一般的に「たまたま」とされています。例えば誰か友人や知人とばったり会うと「偶然やね」と、お互い、いともせずに出会った事を喜び合います。また、赤ちゃんが産まれると、助産婦さんたちは、自然(偶然)の知恵ってすごいわねと、人間の誕生は自然の力と知恵によると自然(偶然)を大絶賛します。私達を取り囲んでいる自然は、力と知恵とが満ち溢れています。その力と知恵に満ちた自然は、特別に生命あるものを進化させようという意図がないけれど、偶然によって生物を進化させていると、進化論者は考えるようになりました。それによって、創造主がいなくても、自然の偶然の積み重ねで、生命物質を初め、あらゆるものを生み出すことができると、主張されてきました。その「進化論」を証明するための証拠はないか、一生懸命に探すという、歴史科学と呼ばれる科学を発展させてきました。地質学や化石の研究、宇宙物理学などがその歴史科学となります。「歴史科学」は今ある宇宙や地球はどのようにして進化して来たか、過去の歴史を推測する科学です。進化論者は今ある宇宙や世界に知恵や力があるという事を前提に、又、そこにある地質や化石の研究を前提に「偶然」を考えますので、この世界の「偶然」には万物を進化させる知恵や力があると信じているわけです。

その万物の進化の出発点は小さな1点が偶然に爆発したという「ビッグバン」だと教えています。しかし、問題は、ビッグバンを起こしたとされる「最初の小さな1点」がどこから来たのかは説明がありません。それは説明不可能だと言っております。そのような質問は「愚かだ」と言っております。つまり最初に「小さな超高温の超高密度の謎の塵があった」という、信仰を前提にして考えているいるわけです。進化論は、説明できない事を信仰によって処理しているわけです。その事は、進化論は実は「科学を装った宗教」だという事を意味しています。進化は歴史科学では論証できないのです。歴史科学は推測の域を出ないのです。歴史科学について、ジェネセスジャパンの宇佐神実牧師が次のように教えています。「歴史科学は、科学的手法を用いて過去の出来事を研究する学問です。過去の歴史を繰り返す事は出来ませんから、現在生きている私たちが、過去を観測も実験も出来ません。ですから歴史科学は「再現性のある観測や実験に基づき自然界のルールを知る」という、自然科学の定義に反しており、厳密には自然科学とは呼ぶ事は出来ないのです」。(ジェネセスジャパン機関紙2026年1月15日号)

以下はAIによるビッグバンの説明です。

ビッグバン説で、原子はビッグバンの40万年後に、偶然に万物を造っている原子が出来たと教えています。私は、その超緻密で超精巧に出来ている約100種類ほどあると言われている「原子」の組み合わせで万物が出来ている事に驚いています。その、原子について、幾度もネットを通して学び、考え続けました。その結果、偶然によってでは原子は絶対に出来ないという、結論に至りました。

もう一度繰り返しますが、偶然の一般的な定義は「たまたま」です。つまり、「偶然」と言うのは、何かをしたり、何か作ったりするため、知恵を働かせたり、その目的の為になにがしかの力を働かせたりする事が無い事です。又、愛情を働かせる事も無いのです。原子と言う超緻密で超精巧な非常に素晴らしい力のバランスで出来ている物質は、たまたまと言う「意志、力、愛情」を働かせる事が無い「偶然」では絶対に出来ないものです。改めて原子の構造を以下のイラストで見て下さい。原子は、原子核と呼ばれる場所に、電荷の無い中性子と呼ばれる丸い物質と+電荷を帯びた陽子と呼ばれる丸い物質が規則正しく詰まって存在しています。電荷と言うのは「物体が帯びている電気の量」の事で、すべての電気現象の根本となるものと言われています。プラスとマイナス二種があります。中性子にはその電荷がありません。陽子は「プラス電荷がある」事が判明しています。

その原子核の周りに、マイナス電荷を帯び小さな小さな丸い電子が、規則正しく軌道に沿って回っています。その電子の数は、原子核の陽子の数と等しいそうです。AIが次のように説明をしています。「通常、原子は中心にある陽子(+)と周りの電子(-)の数が同数であるため、電気的に中性(0)です。陽子の数と電子の数は常に同じで、この数が元素の陽子番号を決定します。この数に一致することで、プラスとマイナスの電気のパワーが打ち消し合っています。」 。以上のAIの説明のように、非常に素晴らしい力のバランスによって出来ている超緻密な、超精巧な原子は、意思もない、知恵も無い、愛情も無い、目的に沿って力を働かせることが無い、無い無いずくしの「偶然」では絶対に出来ません。偶然と言う言葉を突き詰めて考えると「無」と言う事になります。無い無いずくしである偶然によってビッグバンが爆発した結果、非常に力のバランスの取れた秩序ある宇宙が出来、万物の進化を導いたという事は絶対にあり得ないのです。又、万物を造っている非常に素晴らしい力のバランスで存在している原子を偶然が生み出す事はあり得ません。秩序正しい宇宙と原子は聖書が教えている通り、知恵があり力があり、愛に満ちた全知全能の創造主によって創造されたのです。聖書の教えこそが事実に沿った理にかなった正しい教えなのです。

偶然の正しい定義は単に「たまたま」ではなく「無」です。「無」からは何も生み出される事は永遠に無いのです。宇宙にある全てのもの、地球上にある全てのものは、全て全知全能の創造主の知恵と力と愛情によって創造された愛の作品なのです。旧約聖書の詩篇104篇24節とイザヤ書40章26節がその事を教えています。
◆「詩 104:24 【主】よあなたのみわざはなんと多いことでしょう。あなたは知恵をもってそれらをみな造られました。地はあなたのもので満ちています。」
◆「イザ40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。」

1、創造主は自然(被造物)とイスラエルの歴史を通してご自身の事を啓示されている
私達は、私達の幸福を願っておられる全知全能の創造主が、愛と知恵と力をもって創造された神の愛の作品である物質に日々囲まれて生かされています。私たちが自然の中に見ている力や知恵や秩序や美しいもの、楽しいもの、雄大な景色などは、全て創造主の知恵と力と愛によって存在しているものなのです。ハレルヤ!創造主に感謝しましょう!全知全能の創造主の神は、パウロがロマ書1章で教えているように、ご自身の愛と知恵と力をご自身が創造された自然である被造物を通して示されています。それ以外に、実はイスラエルの歴史を通してもご自身の事を示されてきました。その事をヘブル書11章31節に登場する遊女ラハブの信仰から学びたいと思います。
2、遊女ラハブの協力
昔、イスラエルが苦しみのエジプトから解放され、シナイ半島の荒野の40年の放浪を終えて、約束のカナンの地にやって来ました。しかし、その約束の地を獲得していくには、神の命令と御心に従って先住民と戦う「聖戦」が求められました。先週の礼拝では、イスラエルがカナンの地の最初の聖戦で、難攻不落の町と呼ばれたエリコを信仰によって攻略した事を学びました。しかし、そのエリコの攻略には、もう一つ重要な出来事がありました。それは遊女ラハブの協力でした。ヨシュアがエリコを偵察するように2人の偵察隊を遣わしたとき、その偵察隊が見つかってしまいました。偵察隊が遊女ラハブの家にいる事をエリコの王は知っていたので、王は家来を遣わしてラハブに彼らを引き渡すように命じましたが、ラハブの機転で、偵察隊は見つからず助かりました。その事がヨシュア記2章に詳細に教えられています。要約すると次のようになります。
①イスラエルの偵察隊2人がエリコの遊女ラハブの家に泊まった。
②エリコの王は、偵察隊が遊女ラハブの家に泊まっている事を知って、家来を遣わしラハブに彼らを引き渡す事を命じる。
③遊女ラハブは、彼らが既に出て行った事を告げて、偵察隊を匿った。
④ラハブは、屋上にある亜麻の束の下に彼らを隠した。
⑤追っては、ラハブの言葉を信じてすぐに偵察隊を追いかけたが見つける事が出来ず引き返してきた。
⑥偵察隊はラハブの指示に従って、追手が引き上げるまで、山の中に3日間隠れた。その後、逃げる事に成功した。
⑦イスラエルの指導者ヨシュアは、2人の偵察隊の報告を聞き、主がエリコ与えられたことを確信した。

以上が、遊女ラハブがイスラエルの偵察隊を匿って逃がした出来事の要約です。では、なぜラハブは敵であるはずのイスラエルの偵察隊を匿って逃がしたのでしょうか。、イスラエルは自分たちを滅ぼす恐ろしい存在でした。それにも関わらずなぜ二人の偵察隊を匿ったのでしょうか。その理由を、ヘブル書は「信仰によって」と短く教えています。「11:31 信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので・・」

3、遊女ラハブの信仰
遊女ラハブは、カナンの地のエリコの町の女性ですので、唯一の創造主の神でなく「偶像宗教」と言う多神教の世界の中で生きていた女性であった事は間違いありません。その彼女の信仰がどのように変わったのでしょうか。以下に彼女の信仰告白を紹介します。
◆「・・ラハブは屋上に上って来て、 2:9 言った。『主がこの土地をあなたたちに与えられたこと、またそのことで、わたしたちが恐怖に襲われ、この辺りの住民は皆、おじけづいていることを、わたしは知っています。 2:10 あなたたちがエジプトを出たとき、あなたたちのために、主が葦の海の水を干上がらせたことや、あなたたちがヨルダン川の向こうのアモリ人の二人の王に対してしたこと、すなわち、シホンとオグを滅ぼし尽くしたことを、わたしたちは聞いています。 2:11 それを聞いたとき、わたしたちの心は挫け、もはやあなたたちに立ち向かおうとする者は一人もおりません。あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです。2:12 わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前でわたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください。 2:13 父も母も、兄弟姉妹も、更に彼らに連なるすべての者たちも生かし、わたしたちの命を死から救ってください。」・・』・・・」
以上の彼女の信仰を要約しますと次のようになります。
①主(創造主)がエリコをイスラエルに与えられた事を確信していた。
②主(創造主)が、イスラエルによってエリコの住民に滅ぼされるのではないかと怖気づけさせている事を確信していた。
③イスラエルが、エジプトを出た時、イスラエルが干上がった葦の海(紅海)渡った奇跡の出来事や、ヨルダン川の東の地域の二人の凶暴な王アモリ人シホンとオグを滅ぼし尽くしたという奇跡は、全て主(創造主)の御業だと確信していた。
④以上のイスラエルの歴史において奇跡の御業をあらわされた主(創造主)を全宇宙の中で唯一絶対の神だと確信していた。
⑤その主(創造主)は、憐れみ深い赦しの神だと確信していた。それ故に、偵察隊に、自分と親族一同がイスラエルによって滅ぼさないように主(創造主)の前で誓わせた。
⑥創造主なさる事は全て最善で喜ばしき事だと信じていた。
以上、彼女はイスラエルの歴史に奇跡をもって愛と力をあらわされた主(創造主)を、唯一の真の創造主であり、愛と憐れみと赦しに満ちた善なる喜ばしきお方だという事を、信じる信仰に導かれていたのです。偵察隊に、自分達の命の保証を主の御前で誓って下さいと、何故要望できたのでしょうか。それは、偵察隊を匿えば、主(創造主)が自分達を守って下さると、主(創造主)の愛と赦しを信じていた事を意味しています。驚くべき信仰です。偶像崇拝と言う多神教の世界で育ってきた彼女は、イスラエルの歴史を知って、イスラエルに働かれていた唯一の神である創造主を信じる事が出来たのです。 彼女は、イスラエル民族の神を唯一の創造主の真の神であり、愛と赦しに満ちたお方だと信じる信仰によって、不道徳な生業であった遊女と言う仕事に従事していた事をはじめ、過去、現在、未来の全て罪が創造主によって赦されている事を確信し、創造主との深い愛の交わりに生きる人となっていたのです。それ故に、彼女と彼女の親族一同は、他のエリコの不従順な人たちと一緒に滅びる事から免れたのです。
◆「ヨシ 6:25 しかし、遊女ラハブとその父の家族と彼女に属するすべての者とは、ヨシュアが生かしておいたのでラハブはイスラエルの中に住んだ。今日もそうである。これは、ヨシュアがエリコを偵察させるために遣わした使たちを、ラハブがかくまったからである。」
◆「ヘブル11:31信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので、不従順な人たちといっしょに滅びることを免れました。」彼女が、良く知っていた知っていた恐ろしいアモリ人の二人の王が、イスラエルによって滅ぼされた出来事が民数記21章21節~35節に詳細に記録されています。
◆シホンとオグに対する勝利(民数記21章21節~35節)の要約
①モーセは、使い遣わして死海の東の中頃からヨルダン川中頃迄支配していたアモリ人の王シホンに、領内の通過許可を求めたが、シホンはそれを拒否しただけでなく、イスラエルを滅ぼそうと全軍でもって戦いを仕掛け、ヤハツに軍を進めた。
②イスラエルはシオンの軍隊を迎え撃ち、大勝利を治め、王シホンの都ヘシュボンを初め、全ての町を占領した。
③イスラエルはバシャン(ヨルダン川中域からガリラヤ湖東)に向かったが、バシャンの王オグがイスラエルを滅ぼそうと戦いを挑んで来た。彼は、全軍を率いてエドレイにやってきたが、主がモーセに勝利を伝えられた結果、イスラエルはオグの全軍を滅ぼし、オグの国を占領した。
4、創造主は信仰深い遊女ラハブに目を留められた
ヘブル書の「遊女ラハブが偵察隊」を親切に、穏やかに匿ったのは、あくまでも、イスラエルの神を唯一絶対の創造主の真の神だと信じる信仰にありました。また、そのお方が愛と赦しの神だと信じる信仰にありました。それ故に、創造主の神は彼女に目を留められ、彼女を豊かに祝福されました。やがて彼女はイスラエルのユダ族の男性サルモンと結婚します。彼女が生んだ子どもがダビデの先祖となったボアズでした。ボアズはルツ記で有名な優しいボアズです。ボアズはオベデを生み、オベデはエッサイを生み、エッサイはダビデを生んだのです。そのダビデの子孫であるマリヤから、メシヤであるイエス・キリストが生まれました。とうとう彼女は、メシヤの家系の一員となったのです。驚くべき神の祝福です。
「マタ 1:1 アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。 1:2 アブラハムにイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、 1:3 ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ、エスロンにアラムが生まれ、 1:4 アラムにアミナダブが生まれ、アミナダブにナアソンが生まれ、ナアソンにサルモンが生まれ、 1:5 サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、 1:6 エッサイにダビデ王が生まれた。・・」
異邦人であり、それも遊女であったラハブは、何故、メシヤであるイエス・キリストの家系の一員となる祝福を受けたのでしょうか。それは、彼女が創造主の神さまとの深い交わり保ち続けていた事によります。その彼女に創造主の神は目を留め、祝福されました。あなたが、創造主に目を留めて頂き、創造主の祝福に与る人生送る為には、創造主に目を留めて頂くラハブのように真の信仰を保持し続け、いつも喜び、絶えず祈り、全ての事に感謝して神との愛の生きた交わりを絶やさない事です。

【終わりに】
 創造主の神はご自分が創造された愛の作品である自然を通してご自身の愛と知恵と力を示されています。又、イスラエルの歴史を通して、ご自身の愛と正義と知恵と力を示されています。又、全人類の罪の赦しを願って、キリストに十字架で全人類の罪を負わせて、全人類の身代わりに刑罰を与えたという、救いの御業を通して愛を示されています。自然を進化論の眼鏡をはずして、正しく観察する時、また、反ユダヤ主義の眼鏡をはずして、イスラエルの歴史を聖書によって正しく学ぶ時、また、キリストの十字架の死の意味を正しく理解をする時、その人は愛に満ち溢れた全知全欧の創造主との出会いに導かれていくのです。

最後に、全知全能の創造主によって目を留めて頂く人の幸いについて教えている聖書の御言葉を紹介します。
◆「歴代下 16:9 主の目はあまねく全地を行きめぐり、自分に向かって心を全うする者のために力をあらわされる。」
◆「詩 33:18 見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある。」
◆「詩 34:15 主の目は正しい人をかえりみ、その耳は彼らの叫びに傾く。」
◆「Ⅰペテ  3:12 主の目は義人たちに注がれ、/主の耳は彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう」。