「初穂として甦られたキリスト」
聖書: Ⅰコリント15章20節~23節
牧師:佐藤勝徳
【はじめに】
イースターおめでとうございます。今年も、天の父なる神の憐れみと恵みによって主にあっての平和の中で、皆様と共にキリストのご復活をお祝いできる事を心から天の父なる神に喜び感謝を捧げます。
1、戦争増大と反キリストの出現は、終末の前兆だとキリストは預言された
アメリカとイスラエルのイランへの攻撃により、世界は一層混沌として来ました。ロシアのプーチン大統領が始めたウクライナ領土侵略戦争、ハマスのテロで始まったガザ地区でのイスラエルとハマスの戦争、テロを繰り返すレバノンのヒズボラとイスラエルの戦争、パキスタンとアフガニスタンの国境巡る紛争、南スーダンの部族対立や政治家による対立で2013年以来続く内戦などなど、世界では戦争が増々増大傾向にあります。それは何を意味しているのでしょうか。キリストが、終末の前兆として預言された一つに、戦争の増大があります。20世紀に入って、第1次世界大戦、第2次世界大戦などが世界大の戦争が起こりはじめ、今日までどれほど多くの戦争が起きて来たか数えきれません。20世紀に入って、キリストの終末の前兆として戦争増大が成就し始め、今も成就の中に世界は置かれています。戦争が増大し,平和が遠ざかって行くこの世界にもう一つ重要な聖書の終末預言があります。それは、平和を切に望む世界に、創造主の神に反逆する反キリスト(不法の人)が出現して、世界の要望に応じて少しの間だけ平和をもたらす事です。聖書(創世記3章15節、ダニエル9章27節、Ⅱテサロニケ2章1節~8節)が預言する通りに、終末時代に偽の平和をもたらし(Ⅰテサロニケ5章3節)、世界を統一し支配下に置く悪魔の息子である反キリストの出現の舞台が正に整いつつあるのです(黙示録13章)。不法の人と呼ばれる反キリストが出現し、短い期間の偽の平和が世界に訪れますが、その後、世界の人々が創造主を信じない不信仰の故に、神の怒りによって7年の大艱難時代に突入し、偽の平和は崩れ、自然世界は3分の2が破壊され、3分の2の人が死んでいくのです。 イスラエルと世界の人々は平和を望みながら、創造主とキリストを否定する不信仰と多くの罪の故に、平和がどんどん遠ざかっていくのです。
日本は1945年の敗戦と原爆投下による地獄の苦しみを味わい、二度と戦争はごめんだと、強く平和を望むようになりました。戦争による苦しみを味わって来た、世界の多くの人々も、強く平和を望んでいる事でしょう。しかし、人間は、真の平和の道を知らないと人間の邪悪さを教えています。
2、本当の平和とは
毎日、朝起きて、歯を磨いて顔を洗って、食事をして、仕事に出かけて、それぞれが与えられた仕事をなし、仕事が終われば、帰宅して、テレビを見ながら食事をして、或は、読書をし、趣味を楽しんで、その後風呂に入り、就寝する。その一日の中で、色々な人との出会い、交わりがあり、良き人間関係を楽しんだり、悪い人間関係で苦しんだりして、心に良い思い出や傷ついて思い出を抱えながら一日を暮しています。又、仕事がうまくいったり、うまくいかなかったりして、仕事の楽しさを心に味わいながら、また、仕事のつらさを味わいながら、それぞれが一日を終えて行きます。それが、戦争の無い国々の人々の一日の暮らしの要約です。そうした、戦争に苦しむことなく、また、詐欺や殺人や犯罪に巻き込まれる事無く、更に事故や災害で苦しむことなく一日を平和に暮らせる事は、実は、創造主の神さまの憐れみにより恵みによって与えられている大変尊い賜物です。しかし、その平和の賜物が与えられている目的は、天地万物を創造された創造主の愛に立ちかえり、創造主と共に生きる真の平和の喜びを得させる為です。
戦争がない、自然災害が無い、詐欺や殺人や犯罪に巻き込まれない、重い病気が無い、重大事故でけがをしない、仕事がうまくいく、良い人間関係を築く、いつも必要な金銭が満たされる、趣味を楽しみ、美味しい食事を楽しむなども、大切な平和ですが、それが最も重大な平和かと言えば、そうではないのです。聖書が教える最も重大な平和は、創造主の神さまに自分の一生涯において犯す全て罪が赦されて、創造主の神さまと日々平和に仲良く暮らす事、永遠に仲良く暮らす事、それが、人にとって最も重大な本当の平和です。もし、あなたが、あなたの罪が赦されて創造主の神さまとの平和の中に日々生きていなければ、つまり創造主抜きの平和な生活は、大変空しい平和となるのです。なぜなら、創造主への不信仰と多くの罪の故に、あなたは裁きを受けて永遠に苦しみ続ける火の池に投じられると聖書が警告しています。それ故に、創造主抜きの平和は最終的には空しいものとなってしまうのです。創造主抜きの平和な生活は、全て「空」だと伝道の書は教えています。
◆「伝1:2空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。 1:3 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。」
皆さんは日々、罪赦され。良心の呵責から解放されて、あなたを母の胎内で創造された天の父なる神さまとの生きた交わりを日々楽しむという神との平和の中に自分を置かれているでしょうか。もし、その平和を楽しみ喜んでいなければ、伝道の書は言うのです、「全ては空」だと。日々の平和な暮らしは、創造主との生きた交わりを喜び楽しんでいる人にとって、初めて意味のある平和だと言えるのです。
3、創造主との平和の道
創造主の天の父は、思いにおいて言葉において行いにおいて日々罪を犯している私達の一生涯の罪が赦されて、ご自身との永遠の平和、ご自身との楽しい喜びの交わりを私たちに得させるために、2000年前に、エルサレムのゴルゴダの丘で、御子なるキリストに十字架で全て罪を負わせて、私達に代わって罪の刑罰を与え、地獄の苦しみを受けさせながら、血を流させられたのです。そのキリストの身代わりの死によって、私達の罪の償いは完了しましたので、2000年昔、キリストの十字架の死によって、私達の全て罪が取り除かれ、全ての罪が既に赦されたのです。その事実を信じる人は、その信仰が義と認められ、罪が永遠に赦され、良心の呵責から解放され天の父なる神との永遠の平和と和解に生きる者とされたのです。キリストを信じると、天の父なる神との和解と言う、本当の意味のある平和の中に永遠に生きる者とされるのです。
4、キリスト者の死後の希望は霊魂で天の御国へ導かれる事
しかし、神との永遠の平和と言う最も重大な真の平和を得ているキリスト者も、やがて死ぬ時がきます。では、キリスト者は死ねば、天の父なる神との交わりは無くなってしまうのでしょうか。そうではありません、キリストを信じて永遠に罪赦されたキリスト者は霊魂に永遠の命と言う神の命が宿っていますので、死んでも霊魂は永遠に生き続け、天の御国に導かれて、天において、父なる神との楽しい喜びに満ちた溢れた交わりと平和を楽しむのです。そのキリスト者の事を、「決して死なない」とキリストは教えられました。
◆「ヨハ 11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 11:26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」ヘブル書では、キリスト者は死後、その霊魂が天に導かれるので、「天の召しにあずかっている聖徒なる兄弟たち」と呼んでいます。
◆「ヘブル3:1そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。」
5、キリストは初穂として甦った
では、霊魂だけで、天において天の父なる神と楽しい喜びに満ち溢れた交わりと言う平和を永遠に楽しむのでしょうか。そうではありません。キリストが復活された時に永遠に朽ちない栄光の体で甦られたように、キリスト者の死んだ体も永遠に朽ちない栄光の体に甦るのです。パウロは、復活をされたキリストを「初穂」と呼びました。それは、キリストに続いてキリストと同じように復活する人が起こって来るからです。では、なぜそれを「初穂」に例えたのでしょうか。それは、旧約聖書のモーセ律法であるレビ記23章のユダヤの祭りが、実はキリストの生涯の予型として預言されていた事によります。旧約聖書レビ記23章に定められた「春の祭り」は、キリストの生涯を予型として預言していた事をパウロは知っていました。
イスラエルでは3月ごろに大麦初穂の成る時期を迎えます。その初穂を感謝して創造主の神さまに捧げる「初穂」の祭りがあります。初穂の後の豊作を願っての収穫感謝祭として守られます。
その初穂の祭りは、過越し祭である第1の月(ニサンの月)の14日(金)の直後の日曜日の16日(日)に行われます。それは、過越し祭で14日に犠牲の子羊が捧げられてから、3日目になります。第1の月の14日に屠られた過ぎ越しの小羊のように、キリストは、過ぎ越し祭の夕方に十字架で死んだので、パウロはキリストを過ぎ越しの小羊と呼びました。それによって、パウロは過越し祭の小羊は十字架で死んだキリストの予型だと教えているのです。そのように、第1の月の16日の日曜日に行われる、大麦の初穂を捧げる「初穂」の祭りも、キリストの復活の予型としての祭りであったとパウロは理解していました。初穂と言うのは、その後に大麦の実りと収穫が続く事を教えています。そのように、復活の初穂であるキリストに続いて、キリストのように永遠に朽ちない栄光の体で甦る人が続いて起こるのです。
①全てのキリスト者の復活
では、初穂として甦った後に続いて甦るのは誰でしょうか。第1に、全てのキリスト者です。死んだ全てのキリスト者の肉体は墓に葬られ眠りますが、キリストが空中に来臨された時、その眠っているからだが、永遠に朽ちない、罪を犯さない、病気をしない、怪我をしない苦しむ事が無い栄光の体に復活させられます。その主の空中再臨を生きていて体験するキリスト者の体は、その体が栄光の体に瞬間に変えられます。それが、Ⅰコリント15章とⅠテサロニケ4章で預言されています。
◆「Ⅰコリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。 15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。」
◆「Ⅰテサ 4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、 4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。」
②旧約時代の全ての聖徒たちの復活
そのキリスト者に続いて、復活するのは旧約時代の全ての聖徒達です。ノア、ヨブ、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ダビデ、イザヤ、エレミヤ、ダニエル等を初め、名の知られていない全ての旧約時代の創造主を信じて罪赦された聖達です。旧約時代の聖徒達の復活については、イザヤ書とダニエル書に預言されています。
その復活の預言は、メシヤ的千年王国の始まりの時に成就します。旧約時代の聖徒達は、ヘブル書では「全うされた義人たちの霊」と言う名で、霊において天の御国に存在している事が教えられています。
◆「イザ 26:19 あなたの死人は生き返り、私のなきがらはよみがえります。さめよ、喜び歌え。ちりに住む者よ。あなたの露は光の露。地は死者の霊を生き返らせます。」
◆「ダニ12:2 地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。 12:3 思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。」
◆「ヘブル 12:23 また、天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者である神、全うされた義人たちの霊、」
③7年の大艱難時代に殉教した聖徒たち
次に7年の大艱難時代に殉教した全ての聖徒達です。黙示録20章で預言されています。彼らは、自分達の命を奪った者への神の復讐を求めましたが、キリストから「殉教者の数が満ちるまで、休んでおくように」と、慰めの言葉を受けた「魂」としても黙示録6章で啓示されています。
◆「黙20:4bまた私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。」
◆「黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。 6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」 6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい」と言い渡された。」
④メシヤ的千年王国でキリストを信じて救われた人たち
キリストが空中に再臨される時は、全てのキリスト者の体が栄光の体に復活するおおきなる恵みに与りますが、キリストが地上に再臨される時は、イスラエルと結ばれた4つの無条件契約である「アブラハム契約」、「土地の契約」、「ダビデ契約」、「新しい契約」の成就として戦争が一切ない、エデンの園が回復したかのような美しい平和ない自然界で満ちる「メシヤ的千年王国」を実現されます。その「メシヤ的千年王国」の住民は、5種類あります。第1に主の空中再臨時に復活した全てのキリスト者、第2に復活した旧約時代の聖徒達、 第3に7年の大艱難時代に殉教し復活した聖徒達、第4に7年の大艱難時代を生き抜いた全てのユダヤ人聖徒達と異邦人聖徒達、第5にその王国で誕生した全ての自然人達の中で、キリストを信じた人たち。メシヤ的千年王国で誕生した人たちが全てキリストを信じるわけではない。不信仰な人たちも存在します。しかし、メシヤ的王国を含めて、天地万物は焼き滅ぼされメシヤ的王国が終わります。その時、、メシヤ的千年王国を生き延びたキリストを信じた人たちは、その直前に永遠に朽ちない栄光の体に復活をして一時的に、他の全ての聖徒達と共に天の御国へ導かれます。
以上のように初穂のキリストに続いて、4段階で、復活する人たちが存在します。その祝福の復活を纏めて「第1の復活」と黙示録は教えています。
◆「黙 20:5 そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。 20:6 この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。」
第1の復活に与るのは、「初穂のキリスト」、それに続いて「すべてのキリスト者」、「旧約時代の聖徒達」、「7年の大艱難時代の殉教者達」、「メシヤ的千年王国で生まれ、キリストを信じた聖徒達」
その栄光の体で復活した全ての聖徒が、黙示録21章22章に預言されている、「先の天と地が無くなり、海もなくなり、太陽も月もなくなった、全く新しい新天新地の神の国」に、神との平和、神との和解の中に、又、全ての聖徒との永遠の平和、永遠の和解の中に喜びと楽しみでいつも満たされて過ごすのです。その、平和こそが、真の平和、本当の平和、創造主の天の父が、キリストを十字架にかけてまで、信じる者に与えようとされた永遠の平和なのです。
【終わりに】
≪創造主抜きの平和を求める人類への神の裁きの歴史≫
創造主の神さまは、平和の神です。最初に天地万物を6日間で創造された時、その平和な天地万物をご覧になって「はなはだ良かった」と、大感激をされました。その時の地球は、死もなく、罪もなく、災害もなく、動物間の争いもなく、肉食動物もいませんでした。それは、創造主はご自身を中心とした天地万物の平和を望まれている事を教ええいます。アダムとエバが神さまに背き、人類が創造主抜きの平和を追い求めるようになりましたので、その罪を悔い改めて、創造主を人生の中心にする ように、様々な災いを神さまは人類にもたらしてこられました。それは偽の平和を打ち砕く為です。ノアの大洪水はその事を教えています。創造主抜きの平和を追求するという人類の罪を神様はノアの時代に世界大の洪水で世界を裁き滅ぼされました。ノアの大洪水後、人口が増大して来た人類は再び神に背を向けました。 ノアの大洪水の後、地上に広がるように神は人類に命じましたが、人類は広がる事を拒みました。バベルの塔の建設は、地上に広がる事をしないで、人類が創造主抜きに平和を築こうとした人類の間違った野望でしたので、神さまは裁かれて言語を混乱させ、バベルの塔建設を中断させました。バベルの塔の裁き以後、その、神さまは人類を地上に広げるために、氷河期をもたらし、地上の内陸部に雪が沢山降るようにされました。グリーンランドや南極の雪が降り積もって出来た氷河の最も高い所で高さは3000mから4000mあるとされています。現在の地球の大陸の3分1は砂漠ですが、その砂漠には人の骨は動物の骨や昆虫類の骨などが発掘され、人間の築いた文明の後も発掘されています。氷河には、マンモスの骨も沢山見つかっています。南極では、ジャングルの化石も見つかっていると言われています。ノアの大洪水のあと、箱舟から出た多くの動物たちが繁殖したのです、その中にはマンモスや恐竜たちも存在していたのです。ノアの大洪水の後の気候は、現代の気候よりはるかに良かった事が分かります。神さまは、創造主を抜きにした偽の平和を追求する人類の罪の過ちを愛と正義をもって知らせる為に、人類に氷河期をもたらして裁かれたのです。ノアの大洪水、氷河期と言う大災害は、創造主を抜きにした偽の幸福、偽の平和を追求する罪、人類に知らせ、悔い改めに導き、創造主を中心とした真の平和の中に導く為でした。しかし、人類の多くは、今も創造主に背を向けています。創造主を否定した進化論と言う偽の科学が世界を覆っています。創造主に背き、創造主を否定して歩んでいる人類に対して、今度はどんな裁きが待っているでしょうか。それが、旧約で預言されている目の前に近づいている「主の日」と呼ばれる「7年の大艱難時代」です。その大艱難時代の災害は、これまで人類が経験した事が無い、厳しい災いです。それが創造主の怒りによって臨みます。その災害から今の私たちが救われる道は、ただ一つです。それは、十字架のイエスキリスト罪からの救い主だと信じる事です。
人類の歴史は、聖書が教える歴史と完全に一致しています。聖書が教える過去の歴史が真の歴史です。これからも、聖書の預言に従って歴史が進んで行きます。
あなたも、キリストを信じて、初穂であるキリストに後に続いて、復活の恵みに与り、創造主との永遠平和の交わりの中に生きる事を希望としていただきたいと思います。
