「常に喜び、絶えず祈り、万事に感謝せよ⑦」
子どもの日に因んで
聖書: Ⅰテサロニケ5章16節~19節
牧師:佐藤勝徳
今日は、子どもの日に因んで礼拝の中で「子ども祝福式」を行います。今朝のメッセ―ジはこれまで6回に渡ってお伝えしてきました「常に喜び、絶えず祈り、万事に感謝せよ」を、小学生や中学生や高校生にも分かるようにお伝えしたいと思います。もし、子どもたちが小さい時から「いつも喜び、絶えず祈り、全ての事に感謝せよ」という、パウロの教える神のリクエストをキリストにあって理解し、実践する力を身につければ、その子の生涯はどれだけ神さまの祝福に満ち溢れるか計り知る事が出来ません。それ程にパウロの教える神のリクエスト「常に喜び、絶えず祈り、万事に感謝せよ」というみ言葉の実践は深い意義があるのです。
1、喜怒哀楽の人生において
私達人間には色々な喜びがあります。美味しいものを食べた時、人から褒められた時、何かの試合で勝った時、入学試験に合格した時、就職試験にパスした時、人の手助けが出来た時等、何かを達成した時に得られる達成感の喜び、恋人が出来た時や友人が出来た時に知る愛する喜び、愛される喜び、綺麗な花や美しい自然を見た時や温泉やお風呂に入って癒される時、病気が怪我が癒された時、宝くじが当たって大金が入ってきたとき、自分の家を新築した時など、多くの人は、色々な幸せな出来事を体験する時に自然と喜ぶと思います。中にはひねくれた人がいて、「それが何が嬉しんや」と開き直る人もいるかもしれませんが、多くの人は、色々な幸せな出来事を体験する時に自然と素直に喜ぶと思います。しかし、幸せな事ばかりが続くないのも人生です。悲しい事、苦しい事、つらい事、不幸な事、喜べない事を多く体験するのも人生です。多くの人は人生は「喜怒哀楽の人生」だという事を知っていますので、聖書の「いつも喜べ」とか、「全ての事を感謝せよ」という教えを素直に受け入れる事が出来ません。それができるのは特別な人だけやと思ったり、「人間は感情の動物やそれは無理や」とか、喧嘩して「腹が立ってくそっと思っているのにそれを抑えて喜んでいるふりをするのは偽善や」とか、多くの人は否定的にとらえたりしているのです。では、パウロは人を苦しめるために、人が実践できないような事を神のリクエストだと教えているのでしょうか。それはあり得ない事です。パウロがなぜ「常に喜べ万事に感謝せよ」と神のリクエストを教えているのか、その教えを語ったパウロの心の中、思いに中には、何があるのかを正しく知る事が出来れば、パウロの教えは真に理にかなった正しい教えだと理解ができるようになるのです。
2、パウロは何者でしょうか
「常に喜び、絶えず祈り、万事に感謝せよ」がキリストイエスにあっての神のリクエストだと教えたパウロは何者でしょうか。パウロは使徒行伝とロマ書とピリピ書でキリスト者になる前の自分について自己紹介しています。
①パウロのプロフイール
◆「使 22:3 「私は、キリキアのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しく教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。」
◆「ロマ11:1 すると、神はご自分の民を退けてしまわれたのですか。絶対にそんなことはありません。この私もイスラエル人で、アブラハムの子孫に属し、ベニヤミン族の出身です。」
◆「ピリ3:5 私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、 3:6 その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。」
以上の三つの聖句より、キリスト者になる前のパウロ像がはっきりと示されています。
キリスト者になる前のパウロの主なプロフィール
①キリキアのタルソで生まれたユダヤ人
②イスラエル12部族の中のベニヤミン族出身
③八日目に割礼を受けた生粋のヘブル人
④ガマリエルの下で旧約聖書の教えを叩きこまれたパリサイ人
⑤キリスト教徒の迫害者
⑥律法を落ち度なく徹底して守った
キリスト者になったパウロの主なプロフイール
①ダマスコで復活の主に出会ってキリスト者になった
◆「使9:1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に 燃えて、大祭司のところに行き、 9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。 9:3 ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。 9:4 彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いた。 9:5 彼が、「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 9:6 立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」
②異邦人にキリストの十字架の福音を伝える伝道者になった
「使徒9:15 しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人(パウロ)はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です」
③ユダヤ人と異邦人から迫害を度々受け、最後はローマで獄に入れられた
◆「使28:14・・私たちはローマに到着した。・・28:20・・・私はイスラエルの望みのためにこの鎖につながれているのです。」
④迫害の苦しみの中でいつも神さまを喜び万事を常に感謝した
◆「Ⅱコリ 7:4 私には、あなたがたに対する大きな確信があり、あなたがたについて大きな誇りがあります。私は慰めに満たされ、どんな苦難にあっても喜びに満ちあふれています。」
◆「使 16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれに聞き入っていた。」
⑤新約聖書27巻中13巻を著した。
1)ローマ書 2)コリント書(ⅠとⅡ) 3)ガラテヤ書 4)エペソ書 5)ピリピ書 6)コロサイ書 7)テサロニケ書(ⅠとⅡ)8)テモテ書(ⅠとⅡ) 9)テトス書 10)ピレモン書
②旧約聖書を創造主の神さまの言葉だと信じていた
パウロは「キリストにある」という、キリスト者になる前は、旧約聖書を創造主の神さまの言葉として信じていたユダヤ教徒であり、ユダヤ教徒の指導者であるパリサイ人でした。ユダヤ教が何を信じているのか、その全てを紹介出来ませんが、最も大事にしている教えは、創世記1章において教えられている、6日間で天地万物を創造された創造主の神が、唯一絶対の神であり、そのお方が愛と正義と善意と知恵と力と喜びとに満ち満ちた永遠に変わらない永遠の神さまだと信じている事です。そのお方が、やがてこの世界に、イスラエルを中心とした神の国つまりダビデ王国の復興であるメシヤ的王国を実現する為に救い主をイスラエルと全世界の為に遣わして下さると信じて、今も待っているのです。その、救い主が、十字架でイスラエルと全人類の罪を背負って身代わりの刑罰を受けられたナザレのイエスだと信じたのが約120名のユダヤ人でした。その約120名のユダヤ人キリスト者に聖霊が降った結果、力を受けた約120名の弟子達によってキリストの十字架による罪の赦しの福音がエルサレムとユダヤとサマリヤと全世界に宣べ伝えられていくようになりました。しかし、多くのユダヤ人は、自分たちが十字架にかけたナザレのイエスが、旧約聖書で預言されいてる救い主だと信じる事ができず、キリスト教徒の教えは異端だとして迫害したのです、その迫害者の中にパウロもいたのです。パウロは自分の事を「教会を迫害者」だったと証をしています。その彼に、復活されたキリストが直接臨んで下さって、キリスト教徒を異端とするのは間違いであるという事とご自分が旧約聖書に預言されいてるメシヤ、救い主だと直接教えられたのです。復活をされたナザレのイエスに出会った、パウロはユダヤ教徒からキリスト教徒に代わったのです。
③天地万物の創造主は神の御子なるキリストである
それによって、彼が、信じていた創世記1章に教えられいてる6日間で天地万物を創造された創造主は、ナザレのイエス・キリストが人となる前の神の御子であったと、父なる神から啓示をうけるようになりました。神の御子であるキリストが創造主だとパウロはコロサイ書で詳しく教えています。
◆「コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。 1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。」
創世記1章で教えられている約4000年前(現代から計算すると約6000年前)、6日間で天地万物を創造された時のその創造主の神は、人となって救い主としてこの世界においでになる前の、御子なる神であったキリストであったという真理が、パウロの頭と心の中にあったのです。創世記1章2節の「光あれ」と言って光を創造されたのは、人となって救い主となる前の神の御子なるキリストであったのです。
ナザレのイエス・キリストは御子なる創造主の神が2000年前にユダヤのベツレヘムに人としてお生まれにお方です。御子なる神が人となったからと言って神でなくなったのではありません。キリストは神であり人でもあるのです。それを神学的には「メシヤ神人説」と言います。
永遠に変わらない愛と正義と善意と謙遜と主権と知恵と力と平安と喜びに満ち溢れた父なる神は、永遠に変わらない愛と正義と善意と謙遜と主権と知恵と力と平安と喜びに満ち満ち溢れた御子なるキリストによって天地万物を創造されたのです。父なる神も御子なる神も「偉大なるお方だ」としか言いようがありません。
1)キリストが創造された星の数
宇宙には、地球の海辺の砂の数ほど多くの星が存在していると言われています。ネットで次のように教えられていました。
「宇宙には、太陽のような恒星(自ら光る星)が天の川銀河だけでも約1000億〜4000億個存在し、観測可能な宇宙には約1000億〜数兆個の銀河があるため、合計の恒星数は10の22条〜10の24条個ともいわれる。私たちの銀河系にある恒星は数千億個、アンドロメダ銀河には約1兆個ある」「地球上の砂の粒: 地球上にあるすべての砂浜や砂漠の砂の粒を合計すると、およそ 7.5 ×10の18条粒と言われています。つまり、10×10の22条はその1,000倍以上の数です。「宇宙の星の数: 観測可能な宇宙にある星の総数は、およそ 10×10の22条個から10×10の24条個程度と推定されています。」
宇宙に存在している星は、地球上にあるすべての砂浜や砂漠の砂の粒よりも1000倍以上あるのですから驚きです。又、私たちを照らしている「太陽」は非常に大きな星ですが、宇宙にはその太陽より大きな太陽が無数に損じしていると言われています。それもネットで次のように教えられています。
「太陽より大きな恒星は宇宙に無数に存在し、代表的なものにアンタレス(太陽の約700倍)、ベテルギウス(数百〜千倍以上)、盾座UY星(約1700倍以上)などが挙げられます。これらの超巨星は、もし太陽の位置にあれば木星の軌道まで飲み込むほどの巨大さです。」

以上のように、無限と思われる宇宙には太陽のように自分で光放つ恒星と呼ばれる星が無数に存在しています。その無数にある星たちが力の素晴らしいバランスにより規則正しく動いています。宇宙はまるで巨大な機械のように動き存在しています。バランスよく、規則正しく、機械のように動き存在している、この宇宙は果たして、進化論者が言うように約138億年前に全て偶然によって出来たのでしょうか。知恵もない、目的意識も無い、力も無い、愛も無い、無い無いずくしの偶然が宇宙と無数の星を生み出したのでしょうか。目的意識が無い、知恵が無い、愛情が無い、無い無いづくしの「偶然」が生み出すのは、混乱、ばらばら、無秩序、ぐちゃぐちゃ、無茶苦茶、混沌しかありません。、規則正しく、バランスよく、まるで機械のように動き存在している美しい宇宙を、知恵が無い偶然が生み出す事は決してありません。宇宙とそこに存在してる無数の星たちは、聖書が教える通り、全知全能の創造主の神が知恵を尽くして力を尽くして愛を込めて創造された創造主の愛の作品としか言いようがありません。その創造主が、イスラエルと全人類の罪を背負って十字架掛かり、父なる神によって身代わりの刑罰を受け、人類の罪の償いをされたナザレのイエス・キリストだと、パウロは神から啓示を受けて示され信じていたのです。
2)キリストが創造された多くの動植物や鉱物
私達の住んでいる地球には、沢山の動植物が存在しています。世界人口は現在約80億人、地球上の陸上生物は、約650万種と推定されており、全生物種の大部分を占めます。既知の種は昆虫類(約95万種)や維管束植物(つくしのような植物)(約27万種)が多く、未発見の種も多数存在するとされています。哺乳類は約6,000種、鳥類は約9,000種が確認されています。地球上には約27万〜39万種の植物が存在すると報告されており、その多くが、花を咲かす被子植物です。陸上植物の約25万種のうち、特に被子植物が約22万種と大半を占めている。世界の海には約23万〜25万種の生物が確認されていますが、未発見のものを含めると1,000万種類以上存在すると予想されています。日本近海だけでも3万3,000種以上が確認されている。地球の鉱物は、自然の営みによって生成された約5,500種以上の結晶物質であり、組成や構造によって区別されます。地表の岩石は主に石英、長石、雲母などで構成され、地球深部(下部マントル)ではブリッジマナイトが最も多く存在すると推定されています。地球の陸上や海に生存している動植物の数も計り知れません。また、鉱物も多く存在し、まだすべてが分かっていません。計り知れない地球の陸上と海に存在する動植物は、情報によってそれぞれ相応しいものを造り出している細胞によって全てが存在し動いています。情報と言うのは、人格的な存在の目的意識とその目的達成のための知恵が無いと存在しません。今日AIの驚くべき開発によって、多くの分野で人間に代わってAIが働いています。音声、文書作り、画像づくり、会社経営の計画、人間に代わって働くAI搭載のロボット開発が盛んですが、AIに当されている情報は、決して目的意識や知恵の無い偶然が入力したものではありません。あくまでも人格的存在の人間の目的意識と知恵によって入力されたものです。動植物の細胞に入力されている膨大な情報も、目的意識や知恵の無い偶然が入力したものでなく、人格的存在の人間の知恵や力を遥かに超えた超越者である創造主の神さまの愛と正義と善意と知恵と力によって入力されたものです。
3)美しく規則正しい歯並びは偶然では出来ない
人間の歯を少し考えてみましょう。ネットで人間の歯のついて次のように教えられていました。

人間の歯を初め動物たちの歯は、それぞれに相応しい歯がきちんと並んでいます。見事に整列しています。写真にあるように非常に美しいものです。上の歯と下の歯がうまくかみ合うように設計されています。偶然は、知恵を働かせませんので設計するという事は出来ません。人間の身体も動物たちの体も、植物たちも、それぞれが相応しく存在できるように見事に設計されています。その設計者は父なる神であり、その父なる神の設計に基づいて御子なるキリストが全ての動植物をお造りになったのです。
御子なるキリストが父なる神の御心に従って天地万物を創造されたという事は何を意味しているのでしょうか。それは、父なる神も御子なるキリストも誰からも仕えられる必要が無い、全ての事で満ち満ちたお方だという事です。それを神学的用語では「十全充足のお方」と言います。パウロが使徒行伝で次のように教えています。
◆「使17:24 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。17:25 また、何かが足りないかのように、人の手によって仕えられる必要もありません。神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物を与えておられるのですから。」
父なる神も御子なるキリストも、愛に満ち満ちたお方です。正義に満ち満ちたお方です。善意に満ち満ちたお方です。喜びに満ち満ちたお方です。平安に満ち満ちたお方です。知恵と知識に満ち満ちた全知のお方です。力に満ち満ちた全能のお方です。謙遜と権威に満ち満ちた主権者です。全てにおいて満ち満ちたそのお方の存在は、被造物の私たちにとって、最高最善の喜ばしきことだとしか言いようがありません。そのお方の満ち満ちた状態は永遠に変わりませんので、パウロはそのお方こそ、永遠に喜び褒め称えられるべきお方だと教えています。「ロマ1:25造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。」
では全てにおいて満ち満ちた十全充足お方が、何故天地万物をお造りになったのでしょうか。別に天地万物が無くても何かに不足するという事が無いお方ですので、そのお方が天地万物を創造された目的はたった一つです。ご自分の満ち満ちた十全充足の全てを天地万物の創造によって表す事が正しい事で最高最善だと御判断された事によるのです。つまり、ご自身の満ち満ちた栄光を天地万物の創造によって表す事が正しい事で最高最善の喜ばしき事だと御判断された事によるのです。ですから、創世記1章に教えられている6日間で天地万物を創造され完成された時、「はなはだ良かった」と、創造主の神が感動された事が教えられています。
◆「創1:31 神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。」
創造主の神さまが、愛と正義と善意と謙遜と知恵と力と喜びに満ちて天地万物を創造された事は、最高最善の喜ばしき出来事ですので、私たちは、創造主の創造の御業をいつも大いに喜び賛美する事が、創造主に対して相応しい良心的な正しい在り方なのです。聖書は一貫して、創造主をいつも喜び、創造主の御業をいつも喜び賛美するように教えています。参考資料に主な聖句を掲げて見ましたのでお読みください。
「申 4:32 さあ、あなたより前の過ぎ去った時代に尋ねてみるがよい。神が地上に人を創造された日からこのかた、天の果てから天の果てまで、これほど偉大なことが起こっただろうか。このようなことが聞かれただろうか。」
「詩 33:6 【主】のことばによって天は造られた。天の万象もすべて御口の息吹によって。」
「詩 86:9 主よあなたが造られたすべての国々はあなたの御前に来て伏し拝みあなたの御名をあがめます。」
「詩 95:5 海は主のもの。主がそれを造られた。陸地も御手が形造った。」
「詩 95:6 来たれ。ひれ伏し膝をかがめよう。私たちを造られた方【主】の御前にひざまずこう。」
「詩 100:3 知れ。【主】こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの主の民その牧場の羊。」
「詩 103:22 【主】をほめたたえよすべて造られたものたちよ。主が治められるすべてのところで。わがたましいよ【主】をほめたたえよ。」
「詩 115:15 あなたがたが祝福されるように。天と地を造られた方【主】によって。」
「詩 121:2 私の助けは【主】から来る。天地を造られたお方から。」
「詩 124:8 私たちの助けは天地を造られた【主】の御名にある。」
「詩 134:3 天地を造られた【主】がシオンからあなたを祝福されるように。」
「詩 136:5 英知をもって天を造られた方に感謝せよ。主の恵みはとこしえまで。」
「詩 136:7 大きな光る物を造られた方に。主の恵みはとこしえまで。」
「詩 145:9 【主】はすべてのものにいつくしみ深くそのあわれみは造られたすべてのものの上にあります。」
「詩 145:10 【主】よあなたが造られたすべてのものはあなたに感謝しあなたにある敬虔な者たちはあなたをほめたたえます。」
「詩 148:5 【主】の御名をほめたたえよ。主が命じてそれらは創造されたのだ。」
「詩 146:6 主は天と地と海またそれらの中のすべてのものを造られた方。とこしえまでも真実を守り・・」
「箴 20:12 聞く耳と見る目は、二つとも【主】が造られた。」
「イザ 40:26 あなたがたは目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方はその万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つも漏れるものはない。」
「イザ 40:28 あなたは知らないのか。聞いたことがないのか。【主】は永遠の神、地の果てまで創造した方。疲れることなく、弱ることなく、その英知は測り知れない。」
「イザ 42:5 天を創造し、これを延べ広げ、地とその産物を押し広げ、その上にいる民に息を与え、そこを歩む者たちに霊を授けた神なる【主】はこう言われる。」
「イザ 43:7 わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造した。これを形造り、また、これを造った。」
「イザ 45:8 天よ、上から滴らせよ。雲よ、義を降らせよ。地よ、開け。天地が救いを実らせるように。正義をともに芽生えさせよ。わたしは【主】。わたしがこれを創造した。」
「イザ 45:12 このわたしが地を造り、その上に人間を創造した。このわたしが手で天を延べ広げ、その万象に命じたのだ。」
「イザ 45:18 天を創造した方、すなわち神、地を形造り、これを仕上げた方、これを堅く立てた方、これを茫漠としたものとして創造せず、住む所として形造った方、まことに、この【主】が言われる。「わたしは【主】。ほかにはいない。」
「アモ 4:13 見よ、山々を形造り、風を創造した方。その御思いが何であるかを人間に告げる方。暁と暗闇を造り、地の高き所を歩まれる方。その名は万軍の神、【主】。」
「マラ 2:10 私たちすべてには、唯一の父がいるではないか。唯一の神が、私たちを創造されたではないか。なぜ私たちは、互いに裏切り、私たちの先祖の契約を汚すのか。」
「ゼカ 12:1 宣告。イスラエルについての【主】のことば。天を張り、地の基を定め、人の霊をそのうちに造られた方、【主】の告げられたことば。」
「使 4:24 これを聞いた人々は心を一つにして、神に向かって声をあげた。「主よ。あなたは天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた方です。」
「ロマ 1:20 神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。」
「テモ 2:13 アダムが初めに造られ、それからエバが造られたからです。」
「テモ 4:4 神が造られたものはすべて良いもので、感謝して受けるとき、捨てるべきものは何もありません。」
「ヘブル 3:4 家はそれぞれだれかが建てるのですが、すべてのものを造られたのは神です。」
春になると、多くの人が野山に出かけます。又、美しい花が咲き、綺麗な植物や、緑に囲まれた公園に出かけたりします。何故でしょうか、美しい自然は私達の心に安らぎを与え癒してくれるからです。我が家も49歳で天に旅立った長男の聖慈を記念して記念ガーデンを造りました。美しい花が緑の垣根に囲まれて美しく咲いています。私はまるで天国にいるかのように感じて癒され嬉しくなります。それは、目が見えるからです。目が見える為に、どれほど目が緻密に設計されている事でしょうか。目は、設計など絶対にしない知恵の無い偶然で出来るはずがありません。
創造主の天の父と主イエス様は、今から約6000年前に、ご自身の御栄光を顕すためという最高に喜ばしき動機をもって、今の天地万物を創造されました。その創造主を最善のお方として喜び讃え、その創造主の創造の御業が自分にとって最高最善の喜ばしき事として、いつも永遠に喜ぶ事が私達造られた者としての良心的で正しい事だとしっかりと受けとめましょう。そして、毎日、毎日、いつでもどこででもどのような時も、創造主と創造主の天地万物の創造の御業を喜び感謝し賛美を捧げましょう!
また、自分が創造主の父なる神によって設計され、その設計に基づいて主イエス様が母の胎内で、創造されたお方だという事を覚えましょう。詩篇139篇がその事を教えています。
◆「詩139:13 それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。 139:14 私は感謝します。」
伝道の書12章1節に「あなたの若い日に、あなたの創造主を覚えよ」と、教えています。あなたが人生において犯す全ての罪を背負って十字架に掛かって身代わりに父なる神から刑罰を受けて罪の償いを完全になされたナザレの主イエス様が、何故、そのような地獄の苦しみを受けながらも、十字架で罪の償いをなされたのでしょうか。それは、あなたを母の胎内で創造されたあなたの創造主だからです。主は、あなたの創造主であり、あなたを永遠の裁きから救って下さる為に十字架にお掛かり下さったあなたの救い主です。そのイエス様を、あなたが自分の創造主であり救い主だと心に信じて受け入れるなら、その時、あなたは永遠に罪が赦されます。又、主は、あなたの心の中に入って下さって永遠にあなたと共に人生を歩んで、その時、その時必要な導きと助けを実際に与えて下さるのです。黙示録に次のように勧められています。
◆「黙3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」
イエス様を創造主であり、救い主だと信じて、心に迎えた人が「キリストにある人」となったのです。パウロは、キリストにある人となったキリスト者に対して「いつも創造主と創造主の御業を喜び感謝する」事が、父なる神のリクエストだと教えています。あなたの若い日に、あなたの創造主であり主イエス様をあなたの救い主だと信じて、いつも喜び絶えず祈り万事に感謝して歩みましょう。創造主のイエス様は、あなたの為に十字架に掛かって死んであなたを幸福にしよう、祝福しようととされたお方です。その十字架の愛は永遠に変わりませんので、ご自身を信じている者の為に、十字架の愛をもっていつも喜ばしき最高最善の事のみ体験させておられます。私達の日々体験する全ての出来事が父なる創造主と御子なる創造主によって、与えられている最高最善の喜ばしき出来事ですので、私たちは毎日毎日いつも創造主の神を喜び、全ての出来事をいつも喜び感謝する事が求められているのです。なぜなら、日々私たちが体験する全ての出来事は、主が創造された天地万物を今も愛をもってご支配されている創造主の父なる神さまが与えて下さっている最善の出来事だからです。イエス様、この地上を父なる神さまが愛をもってご支配されている事を小鳥たちを愛されている事で教えられました。
◆「マタ 6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。」
◆「マタ 10:29 二羽の雀は一アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽でさえ、あなたがたの父の許しなしに地に落ちることはありません。」
野の花の創造者であり、小鳥たちの創造者であり、私達の創造者である、愛に満ちたあなたの創造主であり天の父なる神さまと、救い主であるイエス様と、父なる神さまの命令に従って、6000年昔の天地万物を創造された主の創造の御業と、日々の最高最善の出来事をいつも徹底して喜びつつ万事に徹底して感謝しましょう。そうすれば、あなたの一生は神さまの与えて下さる祝福と幸福に満ち満ちたものとなるでしょう。
