2026年5月24日礼拝メッセージ
「常に喜び、絶えず祈り、万事に感謝せよ➉」
聖書:Ⅰテサロニケ5章16節~19節
牧師:佐藤勝徳
【はじめに】
◆聖霊のバプテスマの約束
ハレルヤ!偉大なる創造主の恵みと憐れみを感謝します。今日は、2000年昔、我々の罪を背負って十字架に掛かり、罪を完全に取り除き、三日目に甦られ、天に昇られたイエス・キリストが天から、約120名の弟子達に約束に従って聖霊を降されたという、言葉では表現できない神の人類に対する憐れみと恵みを示して下さった偉大な記念日です。使徒行伝1章において復活をされたキリストは、弟子達に「聖霊があなた方に降る時、あなた方は力を受けてエルサレムとユダヤとサマリヤの全土、更に地の果てまでもわたしの証人」となると約束されました。ルカによる福音書でも、キリストは弟子達に次のように約束されました。「ルカ24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、 24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、 24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。 24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。 24:49 さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」 使徒行伝1章でも同じようなメッセージを復活のキリストが弟子達に与えておられます。
「使1:4エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。 1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」
バプテスマのヨハネも、キリストが聖霊によってバプテスマを授けるお方だと証言しています。
「 ヨハネ1:32 またヨハネは証言して言った。「御霊が鳩のように天から下って、この方の上にとどまられるのを私は見ました。 1:33 私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けさせるために私を遣わされた方が、私に言われました。『御霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』 1:34 私はそれを見たのです。それで、この方が神の子であると証言しているのです。」
創造主の天の父が、私達罪びとの為にキリストを遣わされたのは、罪の赦しを与える事と聖霊のバプテスマを授ける事でした。その神の偉大な恵みの約束が、先ず、約120名のユダヤ人キリストメシオヤニックジューの弟子達に実現しました。その時に、キリストの教会が誕生したのです。旧約時代には教会は無く、又、教会については福音書でキリストガ教えられるまでは一切啓示されていませんでした。先週は創造主をイスラエルの神として喜び、また、イスラエルを世界を祝福する選民として選ばれた神の民だという事をいつも喜び感謝する事を学びましたが、今日のペンテコステでは、創造主の神はペンテコステの時の歴史上初めて誕生したキリストの教会の神であることを喜び、又、キリストの教会をそのものをいつも喜び感謝する事について学びたいと思います。
1、終末における神の二つのご計画
神さまの終末の歴史に関してのご計画が二種類あります。一つは「イスラエルに関するご計画」です。イスラエルに関するご計画は、イスラエルと結ばれたアブラハム契約、土地の契約、ダビデ契約、新しい契約の4つの無条件契約の成就としてイスラエル民族とイスラエル国家を中心とした「メシヤ的王国」を実現するというご計画です。もう一つのご計画は、キリストの教会に関するご計画です。それは、キリストの教会に属するキリスト者を聖霊によって栄光から栄光へと主と同じ姿に変えて聖化させ。最後は主の空中再臨の時に、肉体が永遠に朽ちない栄光の体に変えられて、空中の主のもとにあげられて人格が完全になる事です。キリスト者が主の空中再臨の時までに進むキリストの姿に変えられるという聖化の目的は二つあります。一つは聖化されたキリスト者のその素晴らしい人となりを見て、多くの人々がキリストを信じる信仰に導かれ救われる事です。もう一つは、その素晴らしいキリスト者の品性に、ユダヤ人が妬みを起こして、自分たちがメシヤとして否定しているイエス・キリストに関心を示し、イエス・キリストをメシヤとして信じて救われる事です。パウロがその事をロマ書で教えています。
「ロマ11:11 では、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。・・ 11:13 そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。
11:14 そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。パウロは、聖化された教会の聖徒達によって、イスラエルに妬みを起こさせて救いに導き、メシヤ的王国が実現事を願っているのです。イスラエルに対する終末の御計画とキリストの教会に対するご計画が車の両輪のようになって進んでいます。それによって、神の終末における「神の似姿を回復した人物」で世界を満たす」というご自身のビジョンを実現させようとされているのです。キリストの教会の一員とされているキリスト者は、自分たちがなぜキリストの教会の一員にされているのか、聖書によって正しく認識する時、自分たちがいつも聖霊に満たされ、聖霊によって心を燃やされ、御霊の実を豊かに心に結びながら歩む必要があるという事を知るのです。
多くの人が、キリスト者の聖化された人となりに魅力を感じたり、又、ユダヤ人に妬みを起こさせる事がどれほど重大なキリスト者の使命かお分かりだと思います。キリストを信じて救われたという事は、自己の幸福追求の為でなく、キリストの御体なる教会の一員として、兄弟姉妹と共に神のビジョンの実現の為と言う志を共有して、御霊の一致を保ちつつ、互いに神のビジョン達成の為に互いに愛しあい、赦し合い、助け合い、祈り合う為であるのです。それを創造主の神が自分に与えて下さった最高最善の価値ある喜ばしき幸福だと認める信仰によってしっかりと受け止める事です。私たちはキリストの教会の一員とされている事をいつも喜びかんっ者しながら、自分の存在の目的をいつも自覚して教会の頭なるキリストに聖霊によって仕えるのです。
2、キリスト者は誰もが聖霊のバプテスマに与っている
では、キリスト者が聖霊に満たされ、聖霊に燃やされ、御霊の実を心にいつも豊かに結び続け、聖化されていく秘訣何でしょうか。それはやはり第Ⅰテサロニケ5章16節~18節の御言葉の徹底した実践にあるのです。悪魔は、キリスト者がその御言葉の実践が出来ないように色々と策略をめぐらしていますので、気を付けなければなりません。
彼の策略の第1は、キリスト者は自分の心には聖霊が宿っていないと思わせる事です。聖霊の内住の確信が無いとキリスト者「いつも喜び、絶えず祈り、万事に感謝せよ」というみ言葉の実践が非常に難しくなります。キリスト者は、キリストを信じた時誰もが聖霊のバプテスマに与っています。聖霊のバプテスマと言うと、特別な霊的現象が伴うように思われがちですが、そうした特別な異言などの霊現象が無ければ聖霊のバプテスマを受けていないのかと言うとそうではありません。その人が、聖霊のバプテスマを受けているかどうかをチェックする最も重要な事は、十字架で死に、葬られ三日目に甦られたキリストを正しく理解して信じて、罪の赦しの平安と神さまに愛されいてる喜びを体験したかどうかです。その体験の強さ弱さはありますが、もし、その事を体験していれば、その人は間違いなく聖霊のバプテスマに与っているのです。聖書は、キリストを信じた時に、聖霊がその人の心に与えられたお教えています。「エペ1:13 この方にあってあなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことにより、約束の聖霊をもって証印を押されました。 1:14 聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。」 聖霊がキリスト者の心に注がれている事を、パウロは御霊を飲んだと表現し、それが聖霊のバプテスマに与っている事だと教えてています。「Ⅰコリ 12:13 私たちはみな、ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によってバプテスマを受けて、一つのからだとなりました。そして、みな一つの御霊を飲んだのです。」
パウロはキリストを信じた人の霊魂には御霊が水のように注がれた事を、御霊を飲んだと表現し、その全てキリスト者が聖霊にバプテスマに与っている事を教えています。「バプテスマと言うのは、浸すという意味がありますが、聖霊が水のようにキリスト者の心に注がれた事は、聖霊に浸された事を意味しています。つまり聖霊のバプテスマに与っているのです。
人間の身体はいのちによって結合していますが、キリストの体なる教会は聖霊と言ういのちの霊によって一つに結合されて一つのからだになっています。
使徒行伝では特別な聖霊の注ぎによる聖霊のバプテスマの出来事が4回記録されています。
①2章1節~4節、(約120名のユダヤ人に降った)
「使 2:1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。 2:2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。 2:3 また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。 2:4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。
②8章14節~17節 (ピリポの宣教でキリストを信じたサマリヤ人に降った)
「使 8:14 さて、エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところへ遣わした。 8:15 ふたりは下って行って、人々が聖霊を受けるように祈った。 8:16 彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだだれにも下っておられなかったからである。 8:17 ふたりが彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。」
③10章44節~45節 (ペテロによってキリストを信じた異邦人達に降った)
「使10:44 ペテロがなおもこれらのことばを話し続けているとき、みことばに耳を傾けていたすべての人々に、聖霊がお下りになった。 10:45 割礼を受けている信者で、ペテロといっしょに来た人たちは、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたので驚いた。」
④19章1節~7節(エペソでパウロによってキリストを信じたバプテスマのヨハネの弟子達12人に降った)
「使 19:1 アポロがコリントにいた間に、パウロは奥地を通ってエペソに来た。そして幾人かの弟子に出会って、
19:2 「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは、「いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした」と答えた。 19:3 「では、どんなバプテスマを受けたのですか」と言うと、「ヨハネのバプテスマです」と答えた。 19:4 そこで、パウロは、「ヨハネは、自分のあとに来られるイエスを信じるように人々に告げて、悔い改めのバプテスマを授けたのです」と言った。 19:5 これを聞いたその人々は、主イエスの御名によってバプテスマを受けた。 19:6 パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。 19:7 その人々は、みなで十二人ほどであった。」
聖霊降臨でキリストの教会が誕生した時には、特別に異言と言う霊現象がありました。強い喜びもありました。、しかし4回の聖霊のバプテスマの中で、異言が伴ったのは3回でした。預言が伴ったのは1回でした。聖霊のバプテスマを受けると必ずしも異言や預言を語るという霊現象が伴うという事を聖書は教えていません。。しかし、喜びと平安はいずれも伴いました。
イエス・キリストの十字架の死と復活の意味を正しく理解した上で、キリストを信じて、罪赦された喜びと平安、神さまに愛されいる喜びを体験した人は、全て聖霊の注ぎを心に受け、聖霊のバプテスマに与っているのです。キリスト者は絶対的な聖書の教えに従って、キリストを信じてる自分の心には聖霊が注がれ、聖霊が永遠に内住されているという事実をしっかりと信じ切って下さい。信じ切れるように神さまの助けを祈りましょう。
3、聖霊の内住の目的
では、聖霊が、全てのキリスト者に注がれ、聖霊を永遠に宿す人となった目的は何でしょうか。それは、先ず同じクリスチャン同士が深く愛し合い、赦し合い、御霊の一致を保ってキリストの御体なる教会の一員として神の栄光を現す為です。キリストのように栄光から栄光へとキリスト者の姿が変えられることは、そのキリスト者が同じキリスト者をキリストが愛されたように互いに愛する人となる事を意味しています。キリスト者との相互愛が非常に深くなっていく事が、キリストの姿に変えられている事を意味しています。キリスト者と共に礼拝を守り集会に集う事をいつも喜び楽しんでいるかどうかが、健全な霊性となっているかどうかを自分でチェックする目安です。他者がチェックする事はできません。それは自分でチェックする事です。聖霊降臨によって誕生したキリストの御体なる教会のお互いが各器官となっているという関係は、この世のどのような関係にもない、肉親の親子の関係、肉親の兄弟姉妹の関係、恋人同士の関係、夫婦の関係にもない、天の父が与えて下さったキリストにあって親密な関係です。その事をパウロは知っていましたので、この世の全ての人に善を行うと共に、神の家族であるの兄弟姉妹に特に善を行うように教えています。
「ガラ 6:10 ですから、私たちは機会があるうちに、すべての人に、特に信仰の家族に善を行いましょう。」
4、教会における御霊の一致
サタンが、教会に属するキリスト者が「いつも喜び、絶えず祈り、万事に感謝して歩みキリストのように聖化さて、多くの人々に良き感化を与えながら救いに導き、また、ユダヤ人に妬みを起こさせ、ユダヤ人に良き感化を与えながらユダヤ人をキリスト信じる信仰に導くという非常に尊い使命を果たせないように、悪魔の第2の策略の罠は、クリスチャン同士が御霊の一致を保つ事に失敗させる事です。2000年昔のペンテコステの日に約120名のユダヤ人に降り、歴史的に教会が初めて誕生しました。キリストは、12人の弟子達に、わたしはこの岩の上に教会を建てると約束されましたが、この岩の上の岩は「あなたこそ神の子キリストです」という、ペテロの信仰告白を意味しています。キリストは単なる人ではなく、神である神の子が人となった救い主だと信じる事が「あなたは神の子キリスト」ですという信仰告白を意味しています。ヨハネによる福音書で、ヨハネはキリストの事を「父のふところにおられるひとり子の神」だと教えています。神の子と言うのは「、ひとり子の神」と言う意味です。つまり、救い主は神であり人である、人であり神であるという「メシヤ神人説」を信じる信仰の上に、キリストは「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と約束されたのです。
キリストがご自分の教会を建てるという事は何を意味しているのでしょうか。キリストは生前特に祈られた事は、キリスト者の一致でした。ヨハネによる福音書17章には、キリストのキリスト者の一致の為の祈りが長々と記録されています。キリスト者が互いにキリストのように愛し合って一致する時に、この世の人々がキリストが父なる神から遣わされ事と、キリスト者が神に愛されいる事を知ると祈られました。つまり、この世の人々の中で、キリストを信じる人が起こされるというのです。キリスト者同志がキリストのように互いに愛しあって一致を保つ事が、福音宣教の御業が進んでいく秘訣だとキリストは知っておられたのです。福音宣教はキリスト者の個人プレーでなく御霊の一致を保ちながらなされるキリスト者のチームで行う神のみわざなのです。キリストはつぎのように祈られました。「ヨハネ17:23 わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。」
5、御霊の一致を妨げるサタンの具体的な策略
①キリスト者に残存している古い人を使う
キリスト者がキリストの如く互いに愛しあって御霊の一致を保つ事を妨げる、サタンの具体的な策略は、キリスト者に残存している古い人を使う事です。古い人は、悪魔の子です。バプテスマのヨハネは、ユダヤの民衆に向かって「蝮の子」と叫びました。
「ルカ 3:7 ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしの子孫たち。だれが、迫り来る怒りを逃れるようにと教えたのか。」
キリストは妬みによってご自身を殺そうするユダヤ人の指導者を「悪魔から出た者」と呼ばれました
「ヨハ 8:44 あなたがたは、悪魔である父から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと思っています。悪魔は初めから人殺しで、真理に立っていません。彼のうちには真理がないからです。悪魔は、偽りを言うとき、自分の本性から話します。なぜなら彼は偽り者、また偽りの父だからです。」
使徒ヨハネも、生まれながらの人間を悪魔の子と呼んでいます。
「Ⅰヨハ 3:10 このことによって、神の子どもと悪魔の子どもの区別がはっきりします。義を行わない者はだれであれ、神から出た者ではありません。兄弟を愛さない者もそうです。」
悪魔は、アダムを堕落させ、死と罪の法則となっているアマルティアを世界にもたらしました。その罪の法則によって貪欲を持つという罪の性質を人間に植え込みました。そのその罪の法則によって貪欲になるという罪の性質を持って人間は生まれるようになりました。その罪の性質をもって生まれている人間を聖書は古い人と呼んでいます。古い人は罪の法則によって、肉体的貪欲と精神的貪欲を自然と持つようになっています。肉体的貪欲はすぐに理解ができますが、精神的貪欲は中々気が付かないのです。人から褒められたいという動機で事をする称賛を求める貪欲。自分の思い通りになる事を望む支配欲と言う貪欲。支配欲のある人間が権力を持つと、その権力で人を支配しようという権力欲と言う貪欲を持つようになります。そうした、貪欲により、貪欲が満たされない事が起こると不満、不平、つぶやき、不愉快などの邪悪な感情が生じ喜びや楽しみや平安を失わせています。悪魔は、その事を最も深く知っていますので、非常に巧妙に古い人を使って、キリスト者から喜びを奪い、御霊の一致が保持できないようにさせて、宣教の御業、教会形成の御業、イスラエルを救いに導く御業を妨げようとしているのです。
②キリストにあって既に完全な一致の中にある事を信じないようにさせる
悪魔の第2番目の策略は、キリスト者はキリストにあって既に御霊によって完全な一致の中におかれているという事実を信じないように悟らないようにする事です。パウロは、キリスト者に向かって「御霊の一致を築きなさい」と教えずに、「御霊の一致を保ちなさい」と、命じています。
◆「エペ 4:3 平和の絆で結ばれて、御霊による一致を熱心に保ちなさい。」
「御霊の一致を保つ」という命令から、キリスト者は既に御霊の一致の中に生かされている事が分かります。 教会は万物の王であるキリストが、教会の頭として与えられ、全てのキリスト者はキリストの体の各器官にされ、御霊によって結び付けられ、既に互いにキリストの如く愛し合い、赦し合い、助け合い、支え合い、祈り合う者とされているのです。これから努力して、キリストの如く互いに愛しあい、赦し合い、助け合い、支え合い、祈り合う者となるのでなく、既にそのようになっているのです。その事を、パウロはコリント書で詳しく教えています。
「Ⅰコリ 12:13 私たちはみな、ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によってバプテスマを受けて、一つのからだとなりました。そして、みな一つの御霊を飲んだのです。」
「Ⅰコリ 12:27 あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。」
私達クリスチャンはこれからキリストのからだの各器官になるのでなく、既にキリストのからだの各器官になっているのです。教会はこれからキリストのからだになるのでなく、既に「キリストのからだ」となっているのです。私達人間の体は、既に各器官が互いに支え合っています。そのように、キリストのからだの各器官は、既に互いに愛しあい、赦し合い、助け合い、支え合い、祈り合うお互いにされているのです。私たちクリスチャンが自分の属する教会において、又、普遍的教会において御霊の一致を保ち、互いに愛し合い、赦し合い、助け合い、支え合い、祈り合う者となって、神の栄光を現し、多くの人々を救いに導き、ユダヤ人に妬みを起こさせて救いに導くという使命を果たす為には、既にキリストにあって、御霊の一致の中に生かされている者、互いに愛しあう者、赦し合う者、助け合う者、支え合う者、祈り合う者となっているという霊的事をに聖霊によって諭していただく必要があるのです。
その事を聖霊によって諭していただければ、その事実を認め続け安んじ続ければ良いのです。その信仰に聖霊が働き、聖霊によって実際に互いに御霊の一致を保ち、御霊の実として互いに愛しあい、互いに助け合い、互いに支え合い、互いに祈る者とされるのです。
③悪魔の策略に対する防御策
悪魔の策略にたいしての防御策として神さまがなされた事は、全人類を最後のアダムであるキリストに包括させ、キリストが十字架で死んだ時に、共に死ぬようにされた事です。同時に、キリストが甦られた時に共に甦らせて、神の徳と呼ばれる神の聖なる性質に与らせて、新しい人にするという救い御業をなされた事です。悪魔の策略からキリスト者が自ら守るためには、キリストにあって古い自分が死に、新しい自分に甦ったという、救いの御業を聖霊によって諭して頂必要があります。まだ、その救いの御業を聖霊によって諭して頂いていないと思う人は、諭して下さいと是非父なる神に祈って下さい。キリスト者の心には真理を諭して下さる啓示の光である聖霊様が永遠に内住されていますので、父なる神は祈る者を必ず聖霊によって諭して下さいます。安心して、信じて祈って下さい。
キリストと共に2000年昔に死んだ古い人が、キリスト者には残存しています。様々な出来事の中で、その古い人か湧き起こって来る、喜びと平安を失わせている、不愉快な思いなど様々な邪悪な思い、邪悪な感情に気が付けば、すぐに、それらをそれらはキリストと共に十字架で死んだものとして強く否定して、十字架に委ねて安んじましょう。同時、キリストにあって十字架で死んだ古い人はキリストと共に甦って、神と万人と万事が自分にとって最高に喜ばしき存在だといつも喜び感謝する者となっているという、霊的事実に安んじましょう。その信仰に聖霊が働いて、実際に神と万人と万事を喜んでいる新しい自分を体験させて下さるのです。
先ほど、お伝えしたように、キリスト者同志が、キリストにあって既に御霊の一致の中に生かされている者、愛し合う者、助け合う者、支え合う者、祈り合う者となっているという事実は、古き人が、キリストと共に甦って神の徳と呼ばれている神の聖なる性質に与って新しい人にされているという、キリストにある霊的事実に基づいています。
キリスト者は自分の古い人に気が付けば苦しいですが、同時に、それ以上に古い自分がキリストにあって新しい人にされている言う事実に目をしっかり向けて、深く喜ぶ事を神さまを求めておられます。私たちは確かに古い人に苦しみますが、それ以上に、新しい人にされているという、神の救いの御業をもっともっと喜び安んじ感謝しましょう。それが、悪魔の策略に打ち勝つ道です。
キリストにあって既に実現している事実に安んじていれば、キリスト者に内住されている聖霊が、その事実を体験的に知らせてくれるのです。聖霊の内住は、キリスト者が勝利の道を歩んで行く為に、父なる神さが与えて下さった偉大なる恵みです。
私たちが、悪魔の策略を見破って対処しつつ、いつも喜び、絶えず祈り、万事に感謝して歩むときに、おのずとキリスト者の心に内住されている偉大なる聖霊に満たされ、燃やされ、キリストの御体なる教会の一員として、互いに一致を保ち、愛し合い、助け合い、支え合い、祈り合いつつ、多くの人々の救いと必要の為、ユダヤ人の救いの為、神の聖名が崇められるという神の栄光の為に用いられるものとされるのです。ハレルヤ!信じましょう!
